経営進化学院とは

理念型企業経営の支援及び自立型人材の育成を通じ「和を基本とする社会」づくりに貢献する事を目的として設立されました。

脳力開発/理念探究会120号

脳力開発120号

戦後最大級の虚報

八月理念探究実践塾で岡山、および茨城での勉強会の講義の一こまに、脳力開発の指針をベースにして、新聞・メディア報道の偏りを中心に、具体的に事例研究をした。思考方法の整備を中心にして①戦略思考と戦術思考②両面思考と片面思考③多角度思考と一方的角度④確定思考と不確定思考⑤具体思考と抽象的思考から見直してみた。

如何に新聞・メディア・テレビが偏った報道をしているか、そしてその報道に対して無防備に誘導される状況を、実践会参加者の周辺の人達にも含めて具体的に確認してもらった。参加者自身もこの課題について関心が薄い人もいたが、数年にわたって私と勉強しているので、この講義は納得度の高いものであった。

今回も、もう一度だけテレビも新聞も此処までやるのかとあまりの偏向ぶりにあきれ果てながら記すことにする。国会中継は私達夫婦でしっかりと見ていました。七月十日と七月二十五日の二度にわたる国会中継を見た上で書いています。

 

朝日新聞報道がJCJ大賞に選ばれる

●二〇一七年七月十九日、日本ジャーナリスト会議は優れたジャーナリスト活動や作品に贈る今年のJCJ賞を発表し、大賞に「朝日新聞社の「森友学園」への国有地売却と「加計学園」獣医学部新設問題を巡るスクープと一連の報道」を選んだそうだ。この会は二〇〇三年にはVAWW-NETジャパン(戦争と女性への暴力日本ネットワーク)に「慰安婦問題は日本政府の国家責任と昭和天皇の有罪判決を導き出した功績」でJCJ特別賞を贈っている。

●この記事は、日本ジャーナリスト会議と言われる団体、というよりもジャーナリストと言われる種族(?)の胡散臭さを証明しいるようなものです。何度も繰り返すが朝日新聞は吉田清治の慰安婦問題の虚偽情報と三十二年振りに訂正し、謝罪し朝日新聞の木村社長の辞任はまだ記憶に残っているとおもいますが、その時、福島第一原子力発電所所長の吉田昌郎氏の記事についての虚偽も認めて謝罪している。その朝日新聞に、まだ事実が立証されてもいない森友学園だとか加計学園のスクープをJCJ大賞として評価する軽薄さに失笑する。これがジャーナリストなのか?と唖然とする。

 

■加計問題に関しての報道を検証する

●添付の資料を見ていただきたい。図1は既に七月号の森のフォーチャでお知らせした七月十日の前愛媛県知事・元文科省官僚加戸守行氏の参議院閉会中審査における新聞記事の取り扱いの仕方、そして図2はテレビの加戸前知事のメディアの取り扱いに関しての露出度を表している。図3は前川喜平氏の証言のおかしさに、「それはない」と笑いながら否定している加戸氏国会中継中のシーンである。図2は放送法遵守を求める視聴者の会のホームページに掲載された資料です。

●これを見ても分かることですが、新聞(朝日新聞・毎日新聞・東京新聞)はほとんど加戸守利氏の発言は新聞に載せていない。そして前川氏の発言のみを自社に都合よく抜粋してのせている。テレビはと言えば、図2のように加計問題は報道全体では8時間44分59秒あった。そのうち前川前文部大臣の発言「行政が歪められた」は2時間33分46秒。一方加戸守利氏の発言「歪められた行政が正された」は6分1秒にすぎない。中継を見ていた私は加戸守利氏の証言と前川喜平氏の証言時間は、むしろ加戸守利氏の方が長い時間であったと感じている。

●NHK、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビの放送時間の取り扱いが円グラフになっているが、見てのとおり加戸前愛媛県知事の証言はまったくと言っていいほど取り上げていない。公平を期す新聞社やテレビ・メディアが此処まで不公平で、偏向を満ちている。そしてそのテレビを見る60歳前後の主婦は見事にテレビの情報をあたかも事実であるかのごとく信じて、その上で云々というのだから、まったく日本のテレビはどうなっているのかとおもいませんか?今回改めて、NHKは民放でないからという多少の信頼感があったのだが、この実体には驚きあきれ果てる。国としての姿勢を正し、公平な報道をしないとんでもないことになる。この情報を国際放送でも流す恐れがあるわけです。

 

メディアに黙殺された私の証言

加戸前愛媛県知事の国会証言を振り返ったインタビュー記事10ページ、WILL寄稿文15ページからポイント抜粋する。

「報じない自由」で黙殺

メディアからの取材で「前川さんは、『総理は獣医学部新設を進めてほしくて加戸さんを教育再生会議の委員に指名したんだ』と言っている。どうなんですか」と訊かれても、「そんなことがあるわけないだろう」と答えてきた。しかしこれまで、私の返答部分はカットされるか、談話自体が一切報じられなかったという有り様でした。特にNHKは同じことを四度も質問し、うちの家内が「しつこいわね」と思わず口にするほどの取材姿勢だったにもかかわらず、取材者側の意図と違ったからなのか、一切私の話を報じませんでした。このようなメディアの偏向報道のおかげで、連日、テレビで長々と繰り返し報じられた前川さんの「妄想」が事実のように国民の間に広がっていった一方、私の主張は国民に知らされることすらなかった。

●全ては「安倍叩き」のため

いままで私は官僚でもあり、知事でもありましたが、私の知る限り、マスコミやメディアに勝った官僚や政治家はこれまで一人もいません。これは今回の加計問題の報道だけでなく、文科官僚として官房長を務め、十二年間、愛媛県知事を務めた上の実感です。安倍内閣の運営についても、元々、秘密保護法反対、安保法制反対、テロ等準備罪反対、と反対の嵐だった。そこへ憲法改正まで加わって安倍叩きがエスカレートしてきたところに、「加計問題」という人参がぶら下がってきた。だからみんなその人参を追いかけて、安倍叩きの材料として使えるぞと言って乗っかって来たのでしょう。

これは異常な事態です。私が当事者として話した事実は全く報じられず、当事者ではなかった前川さんが話した妄想ばかりが報じられる。メディアが一定の方向へ世論を引っ張る意図を持っている。それで私も、安倍総理の濡れ衣を晴らさなければならない、という意志を強めたのです。(言論テレビ七月二十八日放送インタビューより)

 

■大手マスコミが抹殺したキーマンの証言

加計問題の構図

今度の騒動については、日本獣医師会の系列団体である、日本獣医師政治連名の北村直人委員長が書いたポンチ絵を、前川氏が色付けして、それを野党の国会議員が一生懸命印刷し、メディアが配信しているという構図なんですね。日本獣医師会にしてみれば、獣医学部を新たに作らせない、既得権を死守することが最も大切なんです。

●加計問題は北村氏がばらまいた加計氏と安倍総理が一緒にゴルフをしている写真。それで「総理と加計氏は親密で云々」とやっている。TBSなどの大手テレビ局は加戸の「か」の字も出していません。『産経新聞』とかごく一部のメディアが報じたけど、数字が違いますよ。それに映像っていうのはやはり強い。テレビだったら、主婦の方は家事しながらひょいと「総理と加計氏が親しげにゴルフをする様子も・・・・」とか見られる訳ですから。それで前川氏という純粋そうな男が証言している。こんなことで支持率が十何パーセントも下がるなんて、テレビの映像は本当に恐ろしい。世論がこんな偏ったメディアによって動かされていると思うと悲しくなります。

文春も載せなかった

今回の加計学園の件で受けられる取材は全て受けましたが、内容はほぼ全て没にされています。私の姿がメディアほとんど見られなかったのは、みんな没にされたからです。一番酷かったのが文藝春秋。今年四月に、文藝春秋の取材で、Kという記者に一時間のインタビューを受けました。Kさんは優秀な記者で、私も信頼して話しました。

彼は「よく分かりまた。加戸さんの話で腑に落ちました」と言って帰っていったので、その後少しは記事になるのかと思ったら、全く紙面に載っていない。「安倍叩き」の材料にならないから、私の言ったことは無視されたのでしょうね。

●本来は獣医師会の内部事情も報道しないと、今回の騒動について正確には理解できないのですが、メディアは相変わらず総理を叩いて、矮小な汚職事件のように報道している

総理は印象操作だといいましたが、その通りです。メディアは本当にうまく作っている。純白の総理を真っ黒に報道し、逆に本当に真っ黒な獣医師会には焦点が行かない様にしている。私に言わせれば、安倍総理は加計問題に関して、白さも白し、冨士の白さです。(WILL2017年10月号)

■最後に

今回、事実に基づいた資料をベースに検証してきた。加戸氏の写真も、加戸氏が国会審議で証言し、その後前川氏が証言する写真も掲載した。そして新聞記事のこの問題の取り扱いについてのデーターとこの国会証言のテレビ報道の時間も掲載した。

新聞、メディアで公平性を守っているのは、僅かに産経・読売新聞のみとも言える。テレビの民放はそれぞれ各社の都合があるから、自社に偏って報道になることはやむを得ないにしても、全く事実を無視して載せない「報道しない自由???」が存在する。

コメンテーターも食うための売名行為を恥ずかしいとも思わず続けている。それをまたテレビの視聴者もみて、それを事実であるかのごとく信じている。こういう構図が現在の報道を取り巻く現実です。今回NHKですら、偏った報道を臆面もなくしているのにはほんとうに唖然としている。国として対処すべきではないか。

こういうとまた、言論の自由が犯されているとおうむ返しの様に言うのが、メディアだ。この報道はYouTubeで見ることができる。最近の若い世代は新聞をあまり講読しなくなったという。今回の実践塾の参加者に30~40代後半に訊いてみても、自分たちの周辺もあまり新聞を読んでいない。若い世代には新聞の影響は減っているとも言える。ネットで見る方がまだ、偏向情報を目にしなくて、良いのではないかと暗澹たる気持ちを拭うことができない。(悦司)

 

理念探究会120号

TEKOサミット研究会

昨年からお誘いを頂いた勤務時代の先輩で、元産業能率大学教授の岡部博さんの発表をお聞きした。社員研修に関しての著書は多数あって、私自身は勤務中、参考図書として実践してきた。岡部氏は著名な大手企業を中心に75歳近くまで現役として活躍されそのご、志を同じくする同志と、年に数回、一橋大学の如水会館の一室を使って勉強会を開催されている。

今回のテーマはAI人工頭脳ついてのテーマであった。岡部さんはその基調発表が最初にあった。そしてその後、AIに関する技術的な発表が続いた。

 

「想定外現象の起因分析とその対応策」が基調発表であった。一、想定外現象多発の歴史的時期と起因では、1、狩猟生活から4、産業革命(工業革命)への過程を経て、、情報社会社会における、情報システムの高度化による、ワールドワイド化した市場に合わせて、自由な情報伝達と解析の高速化が人間の可能性を急拡大したと言われる。そして現在、原子力技術の高度化とその制御技術の不十分さが、人類未経験の核災害や核武装不可欠の防衛思考を誘起していると分析される。

 

二、多発する想定外現象の具体的情況分析では著書「第三の波」でアルビントフラーが述べた「メガ・トレンド」を三つキーワードとして提示され、広く社会への警告として知られているが、本格化したのは21世紀になってからである。三つのキーワードで示されているトレンド(流れ・傾向)に最近の主な具体的事実を検証すると、あまりにも当てはまる事実が多いことに驚かされる。

 

三、今日の「メガ・トレンド」を示す三つのキーワードと具体的事実

1、三つのキーワード

キーワード1、POWER SHIFT 社会の多くの面で力関係が変わる。格差拡大、求心力低下、分裂、解体、再編成が増える。

キーワード2、DE MASSIFCATION学 画一的大量主義や一括処理が嫌われる。個別、個人、個性的、好みがあう、選択できるなどが重視される価値が上がる。

キーワード3、QUESTION AUTHORITY それまでの権威、権限、常識、意義、規定、基準、仕組みなどが通用しなくなる。

 三つのキーワードは「メガ・トレンド」が三つの方向に流れていることを言うのではない、その方向は一つの方向であり、人間が三つの側面から認識できることを示している。と言われる。

2、「メガ・トレンド」の具体的事実

①国家間、地域間、企業間、家庭間、個人間などの経済的格差

②国家の分裂、崩壊、EU/TPPからの離脱

③文明の衝突、民族・宗教間の紛争拡大

④それらに伴うテロリズム、ホピュリズムの横行

⑤地球温暖化への国家間の対応姿勢の不一致 以上岡部さんの資料より転載

このあと、今日の「メガ・トレンド」への対応のあり方についてお話しがあった。

 

●その後、高須氏のAIに関しての技術的な解説があった。

IoTが生み出す「急速な変化」、IoTとAI(人工頭脳)は切っても切れない関係と資料提供をしていただいた。まだこれを読み込んでいる。今回AIおよびIoTについては「知的保留」の状態しておく。次回のTOKOサミットの時までに情報収集したい。

 

情報革命=考業革命

帰宅して早速、アルビントフラーの第三の波を繙いてた。私達は進化経営学院養成塾で学んできた過程で情報革命は考業革命と位置づけ、情報、人脳ソフトウエアか活用の主役化を唱えている。経済的にはハイテクの恩恵を享受し、高度な知的産物を応用する。そしてこれによって生産性向上と考業不適応大衆の失業、遊民形成、そして一方覚者の増加が起きてくる。私自身アルビントフラーの著書を熟読してきた。とりわけ彼の第三波は長期的に予測しているのみならず、時代を的確に捉えてきたと感じている。

●理念経営

経営は科学の軸に置くことができる。科学の進展は無限に続く。縦軸は科学(算盤ソロバン)である。一方横軸は人間性(道徳)私達が目指している世界はこの図で言うと理念の世界である。図5

AIは科学の軸の世界といえる。一方人間性の世界との融合点が理念経営である。その理念経営を目指す上で、今回の岡部さんの発表は、改めてアルビントフラーの唱えた「第三の波」の予測が、非常に現在を的確にとられている事実の認識の上に、絶え間のない融合点を高める工夫が必要だと感じTEKOサミットの勉強会だった。(悦司)


脳力開発118

脳力開発118号

第一部・脳力開発指針・精神的姿勢づくり

六月後半から七月に掛けて脳力開発研修が三回続いた。六月二十一~二十二日、徳島でリブドウ・コーポレーションの大卒入社三カ月研修、リブドウでの研修も毎年開催、かれこれ二十七~八年も続いています。七月一日、鯖江でMKD理念探究準備会での若手経営者対象の一日研修、継続して十一月にも続編をやります。そして七月八日~九日恵那で二十一世紀クラブ主催第二十六回研修会です。二十六回という事はほぼ二十六年間毎年恵那で続けてきたという事です。何故、こんなに長く続いてきたのでしょう。

それは、私が三十七歳のときにであった城野宏先生の創設された脳力開発研修が「どんな環境条件に遭遇しても、それを逞しく乗り越え充実した愉快な人生を過ごすために役に立つことを目的としている」からです。そしてこの理論は精神的姿勢の指針三つ、思考方法の整備の指針五つ、実際知識の拡大(行動の実践)の指針三つで成り立って、誰にでも取りくめるからです。

リブドウ・コーポレーション研修

二十一世紀クラブ研修

■精神的姿勢の確立

先月号で、情勢分析で思考方法の整理として五つの指針をあげました。新人を対象にした二日間の研修では精神的姿勢の確立の三つの指針、第一項・自分で主体的にやる姿勢をつくろう(人に頼る姿勢をやめよう)第二項・いつも進歩発展をめざす姿勢を作ろう(現状に甘んずる姿勢をやめよう)第三項・他人の利益もはかる姿勢をつくろう(自分だけよしの姿勢をやめよう)のうち、第一項と第二項を中心に進めます。

二日目は思考方法の整備のなかでの第一・中心骨組みで考える戦略と戦術の混同をやめる。目的・目標の不明確な混乱した思考をやめる。第二・常に両面とも考え、何方が主流かも考えるをとりあげ、特に自分のこれからの会社生活を充実したものにするための未来対応計画をステップを追って自分自身で立ててもらいます。

●脳力開発との出逢い

日本コロムビアに入社して、営業として名古屋に赴任してから十年間は正に自分の思うように順風満帆でやって来ました。自分で企画し、多くの取引先の人達とも自主的に合宿勉強会を重ねたり、取引先の社員の人達と音楽会や、寺山修司の天井桟敷なども社長さんにお金を出してもらい一緒に見に行きました。結婚式の仲人も五~六組引き受けました。正に仕事も遊びも楽しくてたまらない時期を過ごしました。

その後、課長として昇格して東京の最重要エリアの秋葉原を担当する事になりました。会社の営業部門でも予算も一番大きなエリアを担当しました。八月に転勤、半年間は市場になれる事が中心でしたが、翌年から快進撃が続きました。振り返るとオーディオ全盛期の頃で、毎年毎年グングンと売り上げを伸ばし、当社もデンオンブランドを引っさげて業界でも快進撃を続けていました。営業成績はよく全国一位の成績で社長賞も何度も獲得し、飛ぶ鳥を落とす勢いでした。特約店からの評価は勿論、各社のセールス関係者から一目おかれる存在にまでなっていました。三~四年も続いたでしょうか。部下を昇格もさせ評価もあがりボーナスも沢山もらった時期が続きました。そんな私にも自分の立てた計画が未達のときが訪れたのです。

不調になって最初の一年は何とか忍んだものの、二年目も回復の兆しがありません。苦悶しました。このころ休日、家にいても酒を飲んでくだを巻くのがいやで、毎週一人で山に登り始めました。何かをしていないとこの悩みから開放されないからです。人生でもうまくいかない時もあるものです。どうしてもいままでのやり方では不振は解決できませんでした。

そんなとき、弟から一冊の本を紹介されました。「転機の行動学」城野宏著という本でした。そして、読了したのち直ぐに城野先生にお会いしにいったのです。

城野先生との出逢い

その時のことは忘れられません。先生は私の手を取って、「お主の手をこれから叩くぞ」と仰られ、私の手を叩かれました。そして私に問われたのです。「この手は(先生の手)は勝手に飛んで行って、お主の手を叩いたのか?」と。

私は、「勝手に飛んできて私の手をたたいたのではありません。先生が私の手を叩こうとして(先生の意志で)叩かれたのです」、答えました。先生は「その通り。私がお主を叩こうとして叩いたのだ」と言われました。そして続けて、「お主は営業成績が不振になってからどんな行動をしているのか。以前と異なるどんな手を打っているのか?」と聞かれました。

まるで禅問答のようですが、私には一瞬の間に先生が言われる事を悟る事ができました。私の行動は以前と変わらない。せいぜい、「よかったころの延長線上の行動しかしていない」という自分に気がついたのです。そして先生は「人間はその人の行動を見ればその人が何をしたいのか分かる」と続けられました。私は「本気でこの不振の状況を変えていこうと行動していなかった」と気がつきました。

■第一項・自分で主体的にやる姿勢をつくろう(人に頼る姿勢をやめよう)

この指針を両面から考えてみると、主体的でない姿勢は人に頼る姿勢といいます。人に頼る姿勢の特徴は一、いつも不平不満口を口にする事が多い。二、自分にとって都合の悪いとき、悪い事は周り他人の所為にする。三、自分を取り巻く環境(家庭環境、職場・会社環境、社会環境)に強く影響される。

具体的には自分の生まれた環境や、働いている職場、上司、同僚など等が悪いということが多い。責任を他人に転嫁をする。あるいは景気が悪いからだ、売れないのは商品が悪からだ。他の部署が悪いからだと原因を自分以外の環境条件に求める姿勢の事をいいます。

人に頼る姿勢の人は、気がつかないまま上司や同僚、後輩を馬鹿にし、自分の思うようにやってくれないと不平不満をいい、自分のことは棚に上げ相手が変わってくれる事を願っているわけです。

一・主体的な姿勢の人は今のよくない状況変えていく原因(原動力)は自分自身の中にある。主体者(推進者)自身の中にあると考え行動する人。

二・人に頼る姿勢の人は原因(原動力)は外部(環境・条件)にあると考えて、自分からは行動しない人。

以上の原理に当てはめれば、成績を伸ばしてきた当時は、私ほど主体的な人間はいないと考えていました。そして十数年ぶり不調に陥ったとき、部下や商品や上司や他部門の所為にする事はありませんでしたが、電機業界自身が不況業種として指定されていました。ある時、上司の部長に呼ばれて、現状を聞かれたとき、ナショナルもソニーもアメリカ市場では苦戦していますねと、日本経済新聞のニュースを盾に、苦しい言い訳をした時、我ながら「情けない」と思いました。結局最終的に不景気の所為にしてしまう自分がいたのです。勿論上司から、そんな事が君の不振の原因なのか?と言われました。いや情けなかった。

城野先生に指摘されたとき、はじめて私は終始一貫して主体的な姿勢を貫いていない自分に気がついたのです。うまくいかない原因(原動力)を環境・条件に所為にしている自分に気がついてのです。

主体的な姿勢の強化法

一・今ある条件を使って新しい条件作っていく。(創意工夫をして現状を変えていく)

二・自分でやる事を決めて実行していく。(自分で決める)

三・自分の人生の主人公は自分自身だといつも意識、確認をする。(意識の確認)

意思決定・戦略決定

仕事というのは「原因(原動力)は自分にある」としっかりしていなければ、自分を取り巻く他の条件や環境がいくら整っていてもどうにもならない。自分自身が本当に変えようと決心していなければ、戦略決定・意志決定をしていなければ、今の状況を変える事はできない。気がついて以後、私は一から三までの方策を具体的に実行していきました。営業の基本に還り、地道に取引関係を見直し、実行していきました。従来の活動に加え新しい行動をメンバーと一丸となって実行していきました。変えるようという行動を積み重ねていくと、変わるものです。

家庭でも、同じことで、うまくいかないときには妻の所為にしたり、子供の所為にしたりして暮らしている自分に気がつきましたね。会社での行動を変え始めてから、家庭での私の行動も変えていきました。一、行動が変わる(自分が変わる)と二、相手が変わる(妻や子供)三、相手が変わると周り周囲が変わっていきます。この原理を活用していろいろな場面に応用して変えていきました。私の変わる姿を見て、周りの人たちも理解応援してくれるようになりました。私の三十七歳の時の決心がその後の人生を確実に変えてくれました。

 

■第二項・いつも進歩発展をめざす姿勢を作ろう(現状に甘んずる姿勢をやめよう)

現状維持の人の特徴は以下の三つです。

一、新しいことに対して積極的に取りくまない。二、他人からのアドバイスや忠告に耳を傾けない。三、目的、目標意識が低い。(その日が無事すぎれば良いという姿勢)

●考え方の整理

大抵の人は今の状況に対してあまり変えていこうとは思っていないものです。何故そうなのかと、原理的に考えてみると、一、人間は誰でも新しいこと、初めてのことに対しては難しい大変だと感じるものです。二、失敗に対しての恐れの気持ちを誰も持っている。三、人からの評価(他人にどのように思われているか)気にしすぎる。という傾向があります。

●脳力開発では、そういう傾向にとらわれていると現状に甘んずる姿勢が強固になってしまいます。それを防ぐために一、難しいこととやさしいことの違いは、時間がかかるかどうか、量の問題として捉えるように、事例を挙げて考えます。二、失敗に対しては誰も恐れの気持ちがある。失敗はしたくなという気持ちが強いものです。両面から考えれば「失敗と成功」の両面を体験して置くことが大事なのですが。そこで一回目の失敗は一歩前進。二回目の失敗は確認、と敢えて考えるように工夫します。三、人間というのは正直にいうとあまり他人の関心を持っていません。確かに人のことをあれこれ噂にはしますか、「人の噂も七十五日」という諺のように、次々と移り行く話題に翻弄されているのが現実です。ですから自分がどう思われるか等、人と比較する必要は全くありません。見栄や虚栄は現状打破する上では大敵です。

●失敗が人を育てる

子供たちがまだ小学生の頃、家庭訪問がありました。妻は先生に「できるだけ小さな失敗を積極的にやらしてください」とお願いしたら、そんなことをいうお母さんはいませんと怪訝な顔をされました。我が家の子供たちは沢山失敗をしています。人にも言えない体験を、小さな失敗から、命にも関わったオートバイでの交通事故など、あげればきりがありません。勿論、私もいっぱいあります。

長男などは、その後失敗を楽しむ達人?になりました。大したもので。交通事故そのものも、大きな失敗でしたが、退院を決意した上で(戦略決定をして)改めて、入院生活を有効に活用して、入院している間に投稿した映画評論で入賞し、ブロードウエイ招待されたことがありました。退院後、喜びのあまり、航空チケットを自宅に置いたまま成田に行き、チケットを取りに帰って、成田にとんぼ返りしたときにはパスポートと荷物だけは小学館の社員の人達とアメリカに飛んでいました。その時、時差を使えないかと考え、草津に出張している私と松戸の家にいる息子は電話で何とかアメリカに行けないかと、英語と日本語で奮闘しました。パスポートさえコピーでもあればいけるということまで彼は交渉しましたが、小学館の人達はアメリカでの行事もあり、対応できないという結論になりました。アメリカ行きは諦めるしかありませんでしたが、

この失敗が後々、彼の糧になりました。自分で旅行のコンダクターのアルバイトをしたりして経験を積み、今では旅行の達人です。現在、構成作家の仕事をしていますが、どんな所にでも緻密な計画を立てて旅しています。最近は中学生になった自分の長男と、過密なスケジュールの中でいろいろ珍しい旅をしています。失敗を楽しみながら今も好きな道を歩んでいます。

●見栄や虚栄を張らない

失敗を恐れる気持ちと同様に、見栄や虚栄は脳力開発の大敵なのです。実は見栄を張る人は、周囲の人達の頭の程度や眼力を低く見ているのです。自分で気がつかないまま周りの人たちを馬鹿にしていると言えます。大半の人達は見栄や虚栄に騙されるような人達ではないのですが、それに気がつかないのは本人ばかり。人間見栄を張る人は結構多いものです。大事なことは自分の現在よりも将来なのですが、今の自分を少しでもよく見せようと、実力以上に自分を見せようという心理は誰も持っているものです。

●現状打破するための方法

一、いい格好をしようと思うな。(知ったかぶりをしない)二、いつも前向きで積極的な言葉をつかうようにする。三、否定的な言葉は無理にでも使わない、そういうイメージを自分の心の中から完全に払拭することが大事です。

■明元素言葉と暗病反言葉(図参照)写真を入れてください。

明元素言葉と暗病反言葉というポスター、携帯カードなどを作って活用しています。わざとでもよいから、逞しい前向きで建設的、肯定的な言葉やイメージで仕事や暮らしに取りくむことが大事なのです。我が家では三禁句があって、一、無理です。二、駄目です。三、できません。

●言葉とイメージ管理が大切

人間の身体は理性で理解できるものだけではありません。脳力開発のインストラクターをしていた講師の女性がいました。加藤みちこさんといいます。この人は十六歳の時に今でいうと無腐性壊死という原因不明な病気に罹りました。三~四年の闘病後、城野先生に出会って、人生を一新した人です。その人は私があった当時、松葉杖を使っていました。差別用語といわれるでしょうが、ちんば(跛)でした。その彼女は、何度か私が講師を勤める日本各地での脳力開発研修で講演をしてもらいました。ある時から松葉杖を使わなくなったのです。骨の障害がなくなり、骨が蘇生してのです。

長男倫太郎が交通事故で入院したときに、私は中村天風の「成功の実現」を毎日読むこと

(中村天風はこのことをキチント指導してくれます。心と身体は連動している)とこの明元素言葉の実践を進めました。その結果、骨折した骨が蘇生して大腿骨の移植手術が軽く済んだこともあります。言葉とイメージの管理が大切だということですね。

●未来対応計画

戦略と戦術の混同をやめる。目的・目標の不明確な混乱した思考をやめる。特に自分のこれからの会社生活を充実したものにするための未来対応計画をステップを追って自分自身で立ててもらいます。多くの人は自分の目標をハッキリと持っているかと問われると、若い人達は意外と明確な目標を持っていません。

今回の脳力開発研修では、この目標設定(戦略設定)の段階まで作ってもらうことが目標です。このステップは一局・理念設定(自分の目指す世界、本当にやりたいこと等をデーターにします)、二局・案件設定、三局・現状把握、四局・来果探究、五・予悔充足、六局・戦略設定まで順番に進めてもらいます。

自分で理念設定からはじめて、現状を把握する。大抵の若い人はこの現状把握局面が苦手です。そして来果探究で現状に全て手を打って改善したとしたら、自分の可能性は何処まで可能なのかを表現し、データーにします。可能な最上級の未来像、望み放題の未来像を表現してもらうわけです。そういうプロセスを経て、自分の計画を立ててもらいます。

以上のステップを二日間掛けて、指針に基づき具体的に考え、和談を体験したり、演習問題に取りくんだりします。そして実行した人達は大きく成長していきます。机上の話を一方的に進めるわけではありません。具体的に、体験的に身につけてもらいたいように構成しています。二十六年も続けながら、世代を越えて体得できる研修を過ごしました。(悦司)

 

第二部・事例研究

今回とは、脳力開発の指針にしたがって一つの新聞記事を考えてみたいと思います。前号で、「第二・常に両面とも考え、どちらが主流かも考える」を取り上げました。世の中、一般において最も頻繁にある欠陥的な思考習慣は、「片面思考」あるいは「一面思考」であるといえる。文字通り物事の片面や一面だけを見て考えたりしただけでお終いにしてしまう思考習慣です。

新聞記事やメディアはこのように、目立つ部分を記事にする。読者はその少数部分の印象を時に全体であるかのように考えて、次の行動に繋がっていく。

●片面思考・分極思考は如何に危険性に満ちているか

●第三・立場観点を整理し多角度から考える。立場は希望を表している。立場が違えば希望が違う。立場というのは「複数の要素の間の相互関係」を整理して考えることが大事だ。

「立場によって主張、意見が異なる」「立場によって評価、善し悪しが異なる」「立場によって戦略が異なる」ということをしっかりと考える前に、頭に入れておかなくてはならない。

●この衝突のなかで最も基本的なものは「現状を変えようとする立場」と「現状を変えまいとする立場」との衝突です。「現状打破」か「現状維持」の立場の衝突が一番多い。

■事例研究

この事例として添付の資料を見てもらいたい。衆参両院で10日「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐる審議があった。私はNHKの中継を見ていた。今回は加戸守行前愛媛県知事の発言があった。朝日と毎日は「ゆがめられた行政が正された」の加戸守行前愛媛県知事発言取り上げていいません。自分たちに都合の良い情報だけを取り上げて読む人を誘導しょうとしています。

衆参両院で10日に開かれた学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設計画をめぐる閉会中審査から一夜明けた11日の朝刊各紙は、官邸の不当な関与を主張する前川喜平・前文部科学事務次官の発言を大きく取り上げた。一方、国家戦略特区として獣医学部設置が認められたことに関し「ゆがめられた行政が正された」などと文部科学省の過去の対応を批判した加戸守行前愛媛県知事の発言については記事で取り上げないところもあり、報道の“印象操作”が浮き彫りとなった。

朝日新聞は1面トップの記事に「加計ありき 疑念消えず」の見出しで、前川氏の発言を多めに盛り込んだ。一方、加戸氏の発言は記事では報じず、毎日新聞も「加計 論戦平行線」と1面トップで大きく報じる中、加戸氏の発言はなく、これでは地元の獣医学部誘致を文科省などが阻止してきたことが読者には分からない。東京新聞は社会面で加戸氏の発言を取り上げたが、加戸氏の発言の肝である「ゆがめられた行政が正された」の部分を記載しなかった。

一方、産経新聞と読売新聞、日経新聞は「行政がゆがめられた」と主張する前川氏に対し、加戸氏が「岩盤規制にドリルで穴を開けていただいた。『ゆがめられた行政が正された』が正しい発言ではないか」との発言を記事で取り上げた。加戸氏は閉会中審査で「今までたくさんの取材があったが、申し上げたいことを取り上げてくれたメディアは極めて少なかった」と訴えていた。(産経新聞より転載)

●一面的な見方の危険性

この事例を取り上げたのは、実に分かりやすく、具体的な表示によって伝えているからです。加戸守利前知事は冷静に十二年にわたってこの問題について申請を繰り返し、民主党政権になったときには、時の政権は支援すると答えたにも関わらず解決をみず、次の自民党政権に移行しても放置され、やっと今回実現した。知事は元文部省官僚で優秀な官僚で、文部省の内部については詳しい。前川氏はかつて部下だったそうです。発言をお聞きしていると、政治家の役目(使命・理念)=戦略に触れ、前川氏や民進党の戦術(やり方、方法、手段)についてあれこれの発言にあきれていた。戦術で議論するのは愚の骨頂なのです。これが戦略と戦術の混同なのです。

前回ポリティカル・コレクトネスで取り上げたように、戦略(目的)よりも戦術を混同して戦術で議論している。また、自分たちの立場のみを主張し、目的を議論しない愚かさ、現状維持派(既得権維持派)の抵抗等の愚かさを見た放送だった。

主体的な姿勢の指針から見ても明らかで、安倍さんが悪い、閣僚が悪い、官僚は被害者だ、圧力が強かった等など、泣き言ばかり言っている。人の所為、周りの所為にしている。しかも天下りの問題で責任をとって辞任した人間が、あれこれ泣き言をいい、それをメディアが一面的に取り上げている。全く人に頼る姿勢の典型的な姿です。

一見正義の味方を装って、客観的なメディアとしての姿勢を隠蔽して、いけしゃあしゃあと紙面に掲載し、テレビでも放送している。これこそ吉田清治の虚偽の慰安婦問題を三十二年間も隠し続けた朝日新聞ならではの真実の正体です。何方が真実かはみなさんが冷静に判断すればいいのですが、一方情報に誘導される人達もいることを認識する必要もあります。次回はノイジー・マイノリティーの問題を取り上げる予定です。(悦司)

●今回は理念探究会の記事はお休みに致します。次号をお楽しみください。


■理念探究会117号

●理念探究会117

■理念が人の飛躍を促進する・「私から公へ」
昨年六人のメンバーが三~五年程掛かって理念制定にたどり着いた。理念探究
の過程は観念や思考の工夫でたどり着けない。現業の仕事に対して互恵的に取り
くむこと、本人の生育歴の振り返りの中から経験を探究すること、考える力を鍛
える、思考の深化を繰り返しし重ねること。尚そこに、和道に関する諸々の課題
を学び続けることが前提にある。早い人でも3年は掛かった。根気のいる学びと
体験が続く訳だ。だから、探究を始めるには、覚悟がいる。決心がいる。長い時
間がかかることもあると胆を括らなくてならない。
●理念の必要性は、最近人の口の端に上る。必要性とはいうのは理性の段階で言
われるのだが、巷間「理念で飯が食えるか」と言われるように、疑似理念として、
企業の目的、個々人の人生の目的は、企業の場合には規模拡大や利益の最大化、
企業としての相続があげられ企業としての「役立ち」は隅に追いやられる。
個人の場合でも名利の念、即ち有名になりたい、経済的に豊かな生活をしたいと
か、勤め先で出世をしたい等、自己実現が中心になる。
理念は理想ではない。自分の生まれた意味、使命を探り当て、現実のなかで「こ
う生きる」と「意志の表明」をすることである。
現世、現実であるいは将来に向けて、その使命実現に真摯に生きることである。
したがって、理念が探究され制定され、理念に添って生きると、その人を育てる
ということに繋がる。理念探究会を開催して二十余年になる。人生理念、企業理
念を制定した人・企業は四十社を数える。
●世代交代・第十七回理念型企業快労祭を迎えるまで、多くても11~12社の集ま
りだった。今回は十五社の人達が集合した。その中で60歳以上の社長は4名、50
歳代以下11名、その中の6名が昨年の制定者だった。振り返ってみると、第一回
目の理念探究に関わった人は既に60歳を過ぎている。関わって時の年齢は40歳前
後だった。そして理念が制定されてから15~6年は経っている。昨年の制定者は、
30代から40代だ。その間の世界の状況は大きく変わった。世界も経済界もすべて
環境も大きく変わった。日本でも働く人達、仕事を取り巻く環境も大きく変わった。
以前の方が経営者には楽だったともいえる。利益をあげることは振り返ると容易
だったといえる。
●企業を支えるもの・今の経営者にとっては従来の業種を継続しているだけでは、
存続すら危ぶまれる。当然と言えるが企業も個人も無限脱皮を続けなくてはならな
い。変化への対応は、エネルギーがなくてはならない。そのエネルギーの根源にな
るのか「企業理念」であり「人生理念」である。
新しい理念制定者の快労発表は、実に爽やかだった。そして制定後の彼等の活躍の
報告には驚いた。いままで越えきれなかった「私から公」への具体的な活動報告が
続いた。文字通り、快労祭の趣意どおり一般の人からみると「苦労」が「快労」
に変わる報告が続いた。正に「理念が人の飛躍を促進する」と心から喜びを感じた
第十七回快労祭であった。
●脳力開発117
 ポリティカル・コレクトネス

第一部脳力開発指針・思考方法の整備
五つの指針がある。第一・中心骨組みで考える。第二・常に両面とも考えどちらが
主流かも考える。第三・立場観点を整理し多角度から考える。第四・確定的事実か
ら考える。

第五行動のつながりで具体的に考える。
私は37歳から脳力開発の創始者・城野宏先生にお会いして、以来、脳力開発を人生
の指針として生きてきた。今回は脳力開発の指針の中の思考方法の指針を確認して
みたい。そしてテーマ「正義の嘘、民意の嘘、ポリティカル・コレクトネス」につ
いて分析してみる。
■第一・中心骨組みで考える。目的・目標の不明確な混乱した思考をやめる。
分かりやすくいうと戦略と戦術の混同をするな。戦略とは目的であり戦術は方法
手段である。日本人は戦略的民族とは言えないと言われるが、目的と方法手段を区
別して考えることが大事です。戦略は変えないしかし戦術は大いに変更しても良い。
妥協してもよい。
具体的に事例で考えてみることにする。日本も離婚が増えてきた。甚だしいのは、
成田離婚というのが昔話題になったことがある。新婚旅行が終わって成田についた
らすぐ、この結婚は失敗だったといって離婚するというケースだ。
●何故結婚をしたのか、結婚の目的は何なのかと考えて結婚したのだろうか?
結婚するまでは仲良く一生二人で過ごすことができると思っていたらしいが、結
婚して数年経つと、互いへの関心が薄れ、自分に対して愛情が薄れたと離婚に至る
ケースが多い。
私の場合には、結婚のときに目的を宣言し、引き出物としてお配りした詩集「流氷
の女」にも明記している。
数年の内に金婚式を迎えることになるが、途中波風が立ったことはあった。だが、
結婚の目的を改めて確認し、多少の諍いは障害にならなかった。今はと言えば、結
婚当初よりも充実した人生を二人で歩んでいる。そして息子たちにもあるいは天命
舎で学んだ若い人たちにも「理念結婚」結婚の目的ははっきり確認した上で結婚す
るように勧めている。
●この指針から物事を考え進める上で「常に目的を明らかにする」ことをお勧めす
る。そしてこの場合、戦略=目的と戦術=やり方、方法手段とは混同しないように
と言っている。
会社経営で言えば、社員が会社の方針、企業理念とかあるいは時に中長期の戦略・
方針のことをいう。それを戦略統一といい、社員全員が理解実行することだ。
やり方達成方法は各自自由で、やり方にこだわらない。だから会社経営では毎期方
針書をつくりその方針書に基づいて、経営することが要求される。
●企業・会社経営で一番難しいのはこの戦略統一ができない。経営者がやるべきこ
とは戦略・方針をキチンと打ち出して細かい戦術にまで口を出さない。これが大事
なのだが、戦術にまで口を出す経営者も多い。戦術で議論するのは、愚かなことで
ある。戦術は臨機応変、自由自在。究極の戦略が企業理念と言える。
■第二・常に両面とも考え、どちらが主流かも考える。
世の中、一般において最も頻繁にある欠陥的な思考習慣は、「片面思考」あるい
は「一面思考」であるといえる。文字通り物事の片面や一面だけを見て考えたりし
ただけでお終いにしてしまう思考習慣です。何かの情報を耳にすると、あるいは一
部の印象を強く受けるとそれがほんの極一部の局面しか表していないのに、あたか
も全体や全部を示しているような気になってしまう癖などはこの習慣の典型だ。前
回お話しした分極思考のことで、単次元分極思考がその代表的な事例で、多次元で
あっても分極思考は非常に危険だという話です。具体的な事例をあげると、新聞の
地方紙の記事に私の住んでいる茨城県、沖洲で「天命舎が火災で燃えた」という記
事が出たとする。即ち、燃えたのは天命舎だけで、その他の家は燃えていないとい
うことを表している。
●新聞記事やメディアはこのように、目立つ部分を記事にする。
だから両面からみると天命舎以外は燃えていない。燃えていないのが主流で燃えて
た天命舎は少数であり、支流である。このように何方が主流であるかを考えること
が必要である。にもかかわらずメディアは少数部分を記事にし、読者はその少数部
分の印象を時に全体であるかのように考えて、次の行動に繋がっていく。
●片面思考・分極思考は如何に危険性に満ちているか。大概、目立つ部分は少数部
分で、「目立たない部分」こそ主流の面だといえます。マスコミやジャーナリズム
という世界は徹底して「目立つ部分」を取り上げます。圧倒的多数の例と取り上げ
てみても商売にならないからで、この点をけしからんと非難しても始まらないので、
読む方が十分承知して読む訓練を積むべきです。
●これは脳力開発の重要な指針、実施の一つである。繰り返しますが、このことは、
新聞を読んでも常につねにその反対も考える。
テレビやラジオその他の情報でもこの視点から両面を見ておかないといけない。多
くの人達はこの目立つ部分を過大に表現している新聞、テレビを見てさも少数部分
を主流であるかのように感じる。
そういう印象を持つ。そこがメディアの狙いでもあるのですが、新聞を読んでもラ
ジオやテレビをみても鵜呑みにしないで、その反対の面も視野にいれて考えること
が大事です。

●この際はっきり言うと「朝日新聞・M新聞・T新聞」や民放テレビの情報を鵜呑
みにすることはできない。アメリカのメディア「ニューヨーク・タイムズ」「ワシ
ントンポスト」「ウォールストリート」等はもとより例えばCNN等もそうです。
民主党支持、リベラル標榜をしています。そういう点をよく注意して判断すること
です。メディアは自分たちの都合のよいように情報操作をするものだと十分意識し
ておくことです。
■第三・立場観点を整理し多角度から考える。
立場は希望を表している。立場が違えば希望が違う。立場というのは「複数の要
素の間の相互関係」を整理して考えることが大事だ。具体的に考えてみると、顧客
満足・お客様満足とか社員満足とかいろいろな話が出る。これもそれぞれお客様の
立場に立って考えることが重要だ。もっと具体的にいうと「お客のとる行動を取っ
てみながら、そこでお客の希望と利益を具体的に考えてみよう」ということだ。
「立場によって主張、意見が異なる」「立場によって評価、善し悪しが異なる」
「立場によって戦略が異なる」ということをしっかりと考える前に、頭に入れてお
かなくてはならない。
●立場と衝突・立場が違えば、衝突が生まれることを意味します。衝突というのは
「何と何の衝突か」という指針から、衝突・ぶつかり合いの具体的な内容を整理し、
中心点を掴む作業が必要になります。具体的な内容とは、中心の希望と行動方向(戦
略)を明らかにすればはっきりします。
●この衝突のなかで最も基本的なものは「現状を変えようとする立場」と「現状を変
えまいとする立場」との衝突です。「現状打破」か「現状維持」の立場の衝突が一番
多い。家庭内の衝突、会社内の衝突、自民党と野党の衝突(日本を変えていこうとい
う立場といままでのままで良いという民進党、社民党の立場の衝突です)アメリカ大
統領選挙での衝突(民主党・ヒラリーと共和党・トランプ)、EUとイギリスの立場
もそうです。この立場を整理して考えれば実状がハッキリと浮かび上がってきます。
以上、説明した指針を軸に考えてみます。
◎第二部・正義の嘘・民意の嘘、
 ポリティカル・コレクトネス
南京事件については、いろいろな反響がありました。中国の南京事件の主張に対し
ての虚偽や、もう南京事件の人数云々について取り上げる意味がないのではないか等。
考えくださる読者がいるということは励みにもなります。私の立場は南京事件を題材
にして、何故、大虐殺派、まぼろし派、中間派というような考え方の差が生じるのか
?加えて南京大虐殺がユネスコ記憶遺産に登録されるのか?韓国との慰安婦問題が、
今度政権が変わることにより、何故蒸し返されるのか?そもそもその遠因になったの
はいかなる理由なのか?その根本を考えることです。
●先月号で、分極思考と知的保留について縷々説明したが、私達の世代の人の多くは、
直接間接に、日本の戦前や戦後の歴史の動きを知らない人が大半である。また関心が
あっても部分的なことで、全体を通した理解に欠けている。私は正に戦後70年を過ご
した当事者でありながら、日本の近代史を知らないというところから出発している。
したがって「木を見て森を見ず」の諺のように木について情報を入手しても、本質に
は遠いと考えてスタートした。
●相当の理解は進んだが、進めば進むほど、戦後の私達が如何にGHQの考え方に洗脳
されてきたか。そして6年半に渡り、GHQが日本国憲法を起草したことに対しての批判、中国や韓国、ソ連、アメリカへの批判、極東国際軍事裁判への批判など一切の批判を禁止されたプレスコード、言論統制、その間の連合国側に都合のよい一方的情報を聞かされ続け、読まされ続けてきたか、その結果偏った歴史観を刷り込まれてきたか。そして自国の・日本の戦後史について全く関心を持たないまま過ごしてきたかと恥じ入ることがある。
今回は、特に巷間言われ始めた「正義、民意の嘘・ポリティカル・コレクトネス」について考えることにする。
■朝日新聞(メディア)の嘘・慰安婦問題の嘘
慰安婦問題は中国と韓国が問題にしている。そして関連して国連人権委員会・クマラスワミ報告書でも問題にされ、今日に至っている。中国や韓国が慰安婦を問題にするのは先ず第一に1945年9月19日に発布されたGHQのプレスコードの発布と言論統制により中国、韓国への一切に発言が禁止されたことによる。これによって日本人は事実が異なったとしても、反対意見をいうことに躊躇した。事実を伝えることを怠った。外務省も反論しなかった。政府も唯々諾々として妥協してきた。

第二に、朝日新聞は事実を確認しないまま、吉田清治の慰安婦問題を取り上げた。
1982年(昭和53年)9月2日大阪本社発行の紙面で、慰安婦関係の吉田清治証言報道が取り上げた。引き続き吉田清治は『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』を三一書房より出版し、1983年11月10日 朝日新聞朝刊三面「ひと」欄で吉田の謝罪碑活動を紹介した。
第三に、1991年(平成3年)8月10日大阪本社の紙面に、植村隆記者は元朝鮮人慰安婦が一人ソウル市内に住んでいると記事にした。91年この女性・金学順が東京地裁に訴訟を起こすのを支援した韓国の「太平洋戦争犠牲者遺族会」の幹部の一人が、植村記者の義母が韓国人であることが判明した。即ち、奥さんは韓国人です。
●朝日新聞は97年(平成9年)まで15年間慰安婦問題を取り上げたが、2014年8月5・6
日に渡り、吉田氏を取り上げた記事16本を32年振りに取り消し、「挺身隊」と「慰安婦」との混同を認めた。その影響で、当然植村記者の非難が募った。
植村記者は2014年3月朝日新聞社を早期退社していた。中国の場合は南京事件がその中心だが今や慰安婦問題で韓国と共闘している。80年代まで、慰安婦問題は世界で取り上げられていない。朝日新聞の虚偽記事(朝日新聞の嘘)が発端になった。
●虚偽を認める・2014年11月14日、朝日新聞社は臨時取締役会で、木村伊量代表取締役社長が東京電力福島第一原発事故をめぐる「吉田調書」の記事や慰安婦報道の取り消しなど一連の事態の責任を取って辞任した。
●「父の謝罪碑を撤去します」慰安婦問題の原点「吉田清治」長男の独白・著者大高未貴 上記表題の本が今年6月7日に出版された。2017年4月、忠清南道天安にある国立望郷の園に建てられた強制徴用謝罪文の上板を「慰霊碑」に置き換えた。日帝強占期(日本の植民地時代)に故国を離れた海外同胞たちの英霊が眠っている国立望郷の園の日帝強制徴用「謝罪碑」(吉田清治が1983年に個人的に建てた)を清治氏の息子が奥氏に依頼して謝罪碑を変更した。
吉田氏の息子は曰く、朝日新聞の説にしたがって「取り消した」わけだ。(詳細はお読みください)
■朝日新聞の目的(戦略)立場は一体何なのか?
さて、虚偽の報告を認めたにも関わらず、その後の朝日新聞は相も変わらず、基本的な日本(国家)を非難する、貶める姿勢は変えていない。
1944年9月29日GHQは新聞と言論の自由に関する新措置として新聞とその発行者および新聞社員は「いかなる政策ないし意見を表明しょうとも決して日本政府から処罰されることはない」という特権的な地位が与えられた。「いかなる」という以上、日本にどのように不名誉と不利益をもたらすものであってもよく、直接的に日本という国家そのものの解体と消滅を指向するものであってもよい。この指令によって日本の新聞は国家に対する忠誠義務から完全に開放された。(閉ざされた言論空間205p)
●GHQはメディアに国家・政府に対立することを勧めた。これは最初にGHQが指導したことだ。政府に楯突くことを勧めた。言論統制下にあって、GHQに阿る(おもねること)、気に入られようとへつらうことが新聞社として生きる道だった。生きるために魂を売った。
以来、歴代の朝日新聞社社長は時にソ連におもね、時に中国(中華人民共和国)におもね、毛沢東の文化大革命の事実を隠蔽し続けてきた。そしてその事実が明るみになっても尚、言い訳を続ける。正に中国・韓国の戦略(日本を貶める)と朝日新聞の戦略(日本・国家を貶める)とは全く同じなのだ。中国、韓国と同じ立場だ。
●勿論、民主主義国家だから個人が異なる意見を持つことは自由だ。しかし、客観的に情報を提供すべきメディア(朝日新聞のみならず、M新聞、T新聞も)GHQの言論統制以来、一方的な情報を取り上げ、それに基づいてこのように日本を貶める活動を終戦以来延々と続けてきたのだから、あきれ果てる。一方的な情報、偏った情報でしか物事を見ない。
例え、慰安婦問題で間違いを認めても、決して本心から反省していることはない。この問題をやり過ごすと、また同じことを繰り返している。GHQにおもね、へつらい始めた1944年以後、朝日新聞は米国側に与する報道をする「戦後利得者」の代表といえる。
●朝日新聞記者だった本多勝一の「中国の旅」は昭和46年8月から12月まで朝日新聞に連載された。中国に招待され、付きっ切りで中国の旅をした本多勝一の一方的な情報に基づく報告だ。中国人が戦争中の日本軍を語る形を取ったルポルタージュで、毎回、残虐で非人道的な日本軍が語られた。「記事に対するごうごうたる非難の投書が東京本社に殺到した」(「朝日新聞社史」)というように、朝日新聞の読者ですら拒否した。
社内からも批判の声が上がった。残虐で非人道的な話の圧巻はそのうちの「南京事件」だが、当時従軍した記者たちが取材した南京と、「中国の旅」に書かれている南京とはまったく違っていた。朝日新聞は本多勝一の中国の一方的情報を鵜呑みにして掲載した。新聞記者なら、当然事実がどうか検証するだろうが、吉田清治の済州島の慰安婦狩りと同じで検証することはない。朝日新聞の戦略は、中国・韓国は同じだといえる。
■民進党・共産党の嘘(民意や正義の嘘)
民進党は社会党の流れを組んでいる。社会党は内部的に設立当初から左派(古いソ連共産党=極左や中国、北朝鮮の共産主義を「友党」とする古い「科学的社会主義」)と右派(先進国型社会民主主義)とが内在した。社会党左派は結局、土井たか子の後、崩壊分裂して今は社民党(福島みずほ含む衆議院二名、参議院議員二名)になっている。社会党右派の流れを組むのが民進党である。
●共産党は、元々ソ連共産党・コミンテルンの流れを組み、ソ連崩壊後は日本共産党の独自性を標榜するが、共産党自体は天皇制反対が党是であった。昨年だかはじめて国会開会式に参加して、天皇のお言葉を受けた。結党以来、天皇制に反対であり、国会開会式に参加したからといって、天皇制廃止・革命を諦めているわけではない。
●共産党と民進党が選挙活動をともにする。共闘するというのだから、開いた口がふさがらない。蓮舫を党首とする民進党は低迷を続け、先日も長島昭久氏の離党や細野剛志氏の代表代行辞任などが起こっているが、蓮舫執行部の内部的な問題を抱えているのは、元々反自民で合流した民主党が3年半にわたる政権を担ってその無能ぶり、烏合の衆の集まりであったことを証明したからに他ならない。「貧すれば鈍す」の言葉があるが、まさか共産党と組むというのは民進党を支持する人達をしても恥ずかしい振る舞いだ。この民進党の前身、民主党を応援したのが朝日新聞だった。
●目立つ方は少数で、目立たないサイレント・マジョリティの方が主流だった。
2015年9月の安保法案の時も、テロ等準備罪処罰法案の時も蓮舫は国会での討議を抜け出して、国会周辺のデモに参加しアジ演説をしていた。60年の安保闘争のとき、国会周辺に多くの人達がデモに参加した。今ら振り返れば、当時参加した学生達は安保条約についてほとんど内容を知らなかった。しかし、雰囲気に乗ってデモに参加した。岸総理はデモの騒擾の中、サイレントマジュリティは安保に反対していないと確信し、安保法案成立後、国会を解散し、国民にその信問うた。その結果は自由民主党の圧勝だった。
●最近、民進党もメディアも民主主義の崩壊だとか立憲主義が無視されたとか騒いでいるが、欧米ではきれいごとだけ唱えてきた民主主義が見直され始めている。いまだに、イデオロギーや一方的・片面的情報によって右往左往する幼稚な集団に成り下がっている。彼らがいう「正義」や「民意」は正に嘘だ。一見理想的な言葉を並べ、評論家のようにきれいごとを言い続ける。端に批判するだけでは世の中では相手にされない。
●現実に置き換えてみれば分かることだが、企業内である方針に対して別の対応策、提案をしないで、なんでも反対反対と唱えるのは相手に無能の証明だ。当たり前ではないか。国会でくだらない忖度だと総理の命令があったとか野党の質問は疑心暗鬼的なものがほとんどだ。
いずれにしても決定打はない。相手を(総理)を悪いやつだと初めから決めての質問だから説得力がない。きちんとして証拠を出して詰めない限り時間の無駄だ。
●民進党の戦略は一体何なのか。日本という国を守ろうとしているのか、それとも誰かに守ってもらうのか。まさか中国や韓国の手先になって日本を貶める(おとしめる)ことを目的にしているのではないだろうが。政権を握って日本を世界からも尊敬される国にしょうとしているのだろうか。社会党が崩壊していったように、反対するだけではいずれ同じ道を辿るであろう。声を上げない国民はキチンと見ている。これが日本人の優秀なところだ。

■アメリカ・トランプ現象
アメリカもメディアか世論を、大統領選挙を誘導できる時代は終わった。大統領選挙の当初からクリントン優勢でトランプは全く道化者のような扱いだった。今回アメリカの抱える問題については深く触れない。平たくいうとニューヨーク・タイムズもワシントンポストもCNNもクリントン支持だった。そして最終的に予想外にトランプが大統領として当選したということだ。
●この事実にメディアは自分たちの民意誘導の失敗を知らされることになる。日本でも間接的な情報、日本のメディア情報に惑わされ、あのように乱暴な発言や行動を繰り返すトランプが大統領に選ばれるとは想像だにしなかった。しかし、事実はトランプが選ばれた。やはり今回のことは、メディアが何と言おうとアメリカ国民がいままでの政治では嫌だという意思の現れだ。それをメディアが読めなかった。自分たちがヒラリーを押せばヒラリーが当選すると甘く見ていたふしがある。
●ポリティカル・コレクトネス(政治的な公平さと訳される)を口実にした言葉狩りが横行した結果、人々に言論の閉塞感を与えるようになっていた。そこに真っ向から挑戦したトランプが登場した。このことはポリティカル・コレクトネスの欺瞞を錦の御旗にしたメディアのアメリカ言論の支配を終わらせる象徴的な出来事だといえる。今、アメリカのみならず日本でもそのことに気づき始めている。同じく欧州もその渦中にあるといえる。

 


■理念探究会116号

■理念探究会116号

■道縁に生きる
◎その一・理念実践会第二期スタート
五月第一週に茨城での理念実践会、岡山での西日本実践会がスタート
しました。理念実践会は、昨年理念制定をした人達を中核にして、既に
理念制定をして歩んでいる人達、理念探究を継続している人達の月一回
の研鑽の場です。最初の輪読が「道縁」という項目でした。因縁とは仏
教から来た言葉です。森信三先生は因縁とは「人と人との関係」またそ
のつながり合いといえる。「人間というものは、自分がこれまで出逢っ
た人々との因縁を重んじないと、いっかどの人間にはなれない」「自分
をめぐる因縁の深い人々と、いつまでも交わりをつづけるようでなけれ
ば、大した生き方はできない」と続けられる。
「道縁」とはたんに「因縁」というだけでは不十分で道を求める人同
志のつながりといえる。「理念」とは別の表現をすると道を求める、そ
の人の使命の自覚とその実践をいう。「道縁」とは正に理念探究をなし
遂げた人、今も理念を探究し続けている人同志のつながりともいえる。
既に理念探究した人達との年に一回の「理念型企業快労祭」は各自の
一年の快労の報告会だが、昨年理念制定ができた若い経営者、そして今
も理念探究を続けている人達同志のつながりここでいう「道縁」という
に相応しいと改めて感じた茨城、岡山の理念理念実践会でした。

◎その二・西日本次世代型経営人材養成塾
高松で五月第一週に第三回西日本次世代型経営人材養成塾が開催され
ました。この会は西日本を中心に進化経営学院の理事をお願いしている
竹内将清氏を中心に進めてもらっています。開校
式、終了式は私も参加して一日の講義を行います。
ここでも、初日の講義は会の目的から六回の研修で学ぶカリキュラム
を解説します。この会も文字通り次世代型経営者を育てることが目的で
す。
従来の企業が売りをあげること、利益をあげること、長持ちさせるこ
とよりも、役に立つ経営を目指すこと、と同時に企業が特異貢献をつづ
け、結果として利益が伴うような科学的経営も指導します。
最初の講義で「尚友とは」で、「尚友という言葉について、これは友
を尚(たっとぶ)という意味で、古来「読書尚友」というふうに使われ
ている。何故友を尚ぶ必要があるかといえばこれも道の上からいうので
あって、ともに学ぶ友人が道の上から一歩ないし数歩進めている。その
友を大いに尊敬する。そういう関係をこの養成塾で築いていこうという
ことで、また「同門の友」も「朋遠方より来るあり、亦楽しからずや」
といっている朋というのも正に「同門の友」であることを自覚して養成
塾で学んで行きましょうとスタートした。

■能力開発116
◎第一部思考の前提
●狂った判断をしないために
年をとるということは、経験を積むことになります。経験を積むとい
うことは、いろいろな情報を自分の頭に蓄積していくことです。その時、
例えば円周率は3.14・・・ですが、これを見た目には割り切れる3とす
ると、事実は3.14・・・ですから、誤差のある情報になってしまいます。
これと同じように妙に割り切りすぎたような情報をどんどん頭に詰め込
んでいきますと、誤差のある情報ばかりになってしまいます。
そういう情報がいっぱい頭に入っている人は、終いにはどうなるかとい
うと、狂った判断ばかりするようになります。しかも長年の蓄積がそう
だから、にわかには直しがたいなんとも哀れな頭になってしまいます。
また、ある議論において、白か黒かというような結論を妙にきっぱりと
出す人がいますが、そういう人に、何かよく知っている人のような印象
をもってしまいがちです。特に高校をでた当座の頃は、ほとんど思想的
に免疫がありませんから一見体系だったような話や、すごく割り切れて
いるような話にというものに、抵抗力がなくて、ふらふらとついて行っ
てしまうようなことが起こりやすくなります。

●連続的なものの見方と分極的な見方
図のように白か黒か、良いか悪いかみたいにその中間をイメージしない
ことです。連続的な見方は、グラデーションみたいに白から黒に徐々に
変わって行くように表しているのは、確かに一番良いのと一番悪いのは
あるんだけれど、その中間にはどちらとも言えないやや良いとかずいぶ
ん良いとかそういういくらでも段階があるいうふうにとらえる見方のこ
とです。下の方は多次元的な見方です。多次元だけど分極的というのは
多面的な見方はできるのだけれど、一つ一つの観点は二者択一の良いか
悪いかという分極的な見方しかできないということです。

●分極思考は誤差だらけ
単純明快で非常に割り切れることが知的なことだと思っていると、い
ざ事実に対応したときに、特に人間を扱うとか社会現象の実際の問題を
扱うとき、誤差だらけのデーターで判断することになってしまいます。
分極的な思考、つまり白か黒かでしかものを考えない主張を広めること
は、大勢の人のか考えを無理に小さくして単純な考えに追い込んでしま
います。そして集団として同じ方向に動かすのに利用されたりするわけ
です。また、単次元分極的な考えの方が、頭を使わなくてもいいわけで、
楽なこととも言えます。ついつい楽な方に走りがちになります。
これは怖いことです。
■知的保留
「盲信」、「盲疑」で「盲断」する
「むやみに信じる」のも「むやみに疑う」のも同じ穴の狢だということ。
盲信している人も盲疑の人もどちらも新しい情報に対して素直に聞くこ
とがなく、極端な場合には耳を閉ざしてしまいます。その結果、客観的
な事実に対して鈍感になる、無感覚になり、図のように情報不足のまま
行動し、不覚行動につながる、これは危険なことです。
●「知的保留」のすすめ
肯定も否定もできない情報が入ってきたとき、情報ではあるが決定的
な結論ではないという状態で、そのまま心にとどめておくことを「知的
保留」と言います。世の中にはこの知的保留が一項目もできないタイプ
の人がいます。どちらかであると決めてしまわないとイライラして落ち
着かない人がいます。そこでおよそこうだと、大多数の人が考えている
ことに合わせたりして決めてしまう。
知的保留のできない人は一般の人がだいたいどう思っているかによって
決めたり、何かのこだわりによって決めてしまう。
それで不都合がないように見えますが、保留しない情報は、分極情報で
すから、いったんどこかでなにかが狂うと大混乱になってしまう。
この保留された情報というものを地道に蓄積していきますと、やがて
は大筋が見えてきます。情報に矛盾や混乱かあってどちらともいえない
ように見えたが、新たなこういう筋で考えると説明がつくとか、おぼろ
げな概要骨格が見えてきたりします。そのためにも保留は保留として留
めておくことが大事なです。
●知的保留情報でより精密な判断ができる
図のように知的保留をして、だんだんと情報が充足してくると今度は
結論がでてくるようになって、立証されるか反証されたりする。
中途半端にしか情報が集まっていない時に、あるいは知的保留に留めた
ものが沢山ある時に、選択して行動しなければならない時どう判断すれ
ばよいのか?
そういう場合でも、知的保留して集まっている情報で判断する人と、白
か黒か、分極思考で集めたもので判断する人では、精密度が違ってきま
す。保留情報は何も教えてくれないのではなく、最終・最新の総合判断
を支えてくれます。
(以上・心の自立より)
以上、南京事件を考えるにあたって、多角度から情報収集をしたうえ
で、取り扱ってみます。

第二部南京事件について多次元連続思考で考える
■新聞に掲載された太平洋戦争史
●連合軍支配下にあった日本で1945年12月8日より10回に亘って連合軍司
令部記述として全国の新聞紙上に連載された宣伝記事である。
概要 「国民は完全なる歴史を知るべきだ」、「軍国主義者の行った侵
略を白日に」などというGHQの趣意により―奉天事件よりミズリー号
降伏調印まで―という副題に掲げられた期間を対象として記述された、
GHQによる宣伝占領政策の一つ。5
●太平洋戦争史
1946年3月30日、高山書院より連合国総司令部民間情報教育局資料提
供、中屋健弍訳として刊行された。訳者の言葉として当局の厳密なる校
閲を仰いだことが記されている。これらの宣伝に対する批判の禁止など
プレスコード等によって言論統制されていたため、批判や反論、検証な
どは許されず、他の占領政策と相まってこれらの考えが次第に国民の間
に押し広められた。5
●南京事件
1937年7月から日中戦争勃発
1937年12月8日南京を包囲、九日無血開城を勧告、10日に攻撃開始、
南京防衛司令官康生智は12日に逃亡。
■太平洋戦争史に書かれた南京における悪虐行為
●12月7日に南京の外郭陣地に対する日本軍の攻撃が開始され一週間後に
は上海戦での中国側の頑強な抵抗に対する怒をここで爆発させるべき悪
虐行為をやってしまった。近代史最大の虐殺事件として証人たちの述べ
る所によれば、この時、実に二万人からの男女、子供達が殺戮された事
が確認されている。四週間に亘って南京は血の街と化し、切り刻まれた
肉片が散乱していた。
その中で日本兵はますます狂暴性を発揮し一般市民に対して殺人、暴行
を始め、あらゆる苦痛を味わしめたのである。54
●大掠奪並びに暴虐行為は全市に亘って行われ、中国軍が南京から撤退
してやっと混乱と掠奪から逃れられたと思った市民はより一層の恐怖に
襲われた。婦人達も街頭であろうと屋内であろうと暴行を受けた。抵抗
した婦人達は銃剣で刺殺された。
この災難を蒙った婦人の中には60歳の老人や11歳の子供まで含まれてい
た。中国赤十字の衛生班が街路上の死体取り除きをやったとき彼等のも
って来た棺桶は日本兵に奪われ、その上数名の赤十字従業員は無残に惨
殺された。55
■日本のヨタ宣伝
●大虐殺を行う一方、日本軍は空から次のようなビラを撒いた。「各自
の家庭に帰ってくる良民には食糧と衣類を与える。日本は蒋介石によっ
て踊らされている以外の全中国人に良き隣人であることを希望する。」
その結果としてビラが撒かれた翌日早くも数千の良民が避難先から爆撃
で破壊された彼等の家に帰った。ところが早くも次の朝には数々の悪虐
事件が判明した。
母親は暴行され、子供はその側で泣き叫んでいた。またある家では3,4
歳の子供が一間で突き殺され、家族の物は一室に閉じ込められて焼き殺
されていた。中略。この南京の残虐行為こそ、結局中国を徹底抗戦に導
く結果になった。56

以上が、GHQの制作した太平洋戦争史に記述され、全紙に掲載を強制
された南京事件に関する主要部分である。国民ははじめて聞いた情報で
ある。
■言論統制・東京裁判・南京事件のGHQの洗脳の方法
●プレスコード・1945年(昭和20年)9月19日に発布された。
ラジオコード・1945年(昭和20年)9月22日
●これによって、新聞並びにラジオはGHQ検閲なしには東京裁判、南
京事件に関して日本人へのGHQ以外の情報提供は不可能だった。そし
て新聞に掲載の後、太平洋戦争史は十万部学校の教材として全国の中学
校に配布され、副読本として採用される一方、引き続きラジオキャンペ
ーンを通じて「真相はこうだ」は太平洋戦争史を劇化して1945年12月9日
より10週にわたって週一回放送され、「真相はこうだ」の質問箱を設けた。
そうして、「真相はこうだ」の放送が終了した後「質問箱」となって、
41週つづき、1946年12月4日まで続いた。

■分極思考・一方的な情報
●南京事件に関しても日本人に対しての情報は冒頭で「単次元分極思考」
「知的保留」で説明しているように、GHQ以外の情報は言論統制と検閲
によって一方的な情報しか耳に入らず、国民は洗脳されてしまったといえ
る。このように日教組による歴史の一方的情報、そして大学においても、
戦前の教育に批判的な進歩的教授達は、揃って、GQHの流す情報(一
方的・分極的情報)に基づいて戦後の思想教育を進めることが、彼らにと
って金科玉条的な思想の核心、底流になった。

■南京事件の情報の偏り(連合国・国民党の情報のみ優先した)
●東京裁判で裁かれた根拠は一九四六年国民政府が南京で行った現地調査
の報告が基本にある。日本軍の1937年12月の南京占領を体験した南京事件
の事実は、緻密な多次元連続的な見方によりはじめて迫ることができるは
ずである。しかも、弁護側の資料は全く採用されることなく中国南京での
法廷でも、東京裁判法廷でも連合国側、国民政府側の資料のみが判断資料
だった。その結果南京事件判決が下された。

■虐殺派=GHQの視点
●南京事件についても、三通りの見方がある。「虐殺派」「まぼろし派」
「中間派」という見方である。このなかで、「虐殺派」の前提は、太平洋
戦争史であり、東京裁判の結果である。GHQ・東京裁判の判決に異を唱
えるよりも、GHQ・東京裁判史観こそ戦後の時代の先頭をきって走るこ
とこそ、進歩的文化人・メディアにとって戦後の主流派である事を保証し
た。しかし、繰り返すが、分極思考である「日本は間違っていた、連合国
の見方が正しいという自虐的な考えを日本人に植えつける」行為を続ける
ことを意味する。
●この流れこそ、「閉ざされた言論空間」で江藤淳の言うところの「日本
人のアイデンティティと歴史への内部崩壊」を意味することになる。そし
てその後現在に至るまで、メディア(新聞・ラジオ・テレビ)は言論統制
を引きずり、自主規制という名の言葉狩りを続けている。

■南京事件の探究・北村稔
東京裁判の結果はここでおいておくとして、戦後、南京事件に関していろ
いろ見方が出ている。ここで、改めて南京事件を振り返って見ることにす
る。
●歴史観に規制される日本での研究
1.日本国内では「虐殺派」「まぼろし派」「中間派」の間で論争されて
いる。「虐殺派」とは、第二次大戦後の南京と東京の軍事裁判の判決
に準拠して「南京事件」を告発する人々
をいう。これに対し「まぼろし派」とは、「大虐殺」の不在を主張する
人々である。「中間派」とは、必ずしも「虐殺派」か「まぼろし派」に
区分できない人々を言う。11
2.「虐殺派」は「南京事件」は明治帝国憲法体制とそこから出現した軍国
主義の持つ侵略性と暴力性の象徴であるという「歴史観」を共有する。
そして日本国内に存続する政治や社会の保守的な体質を批判し克服しよう
とする。対外的な「政治姿勢」は反米(反安保)であり、日本軍国主義の
侵略対象となった国民党、共産党を含む「かつての中国」への同情と政治
姿勢を基本的に支持する。11
3.「まぼろし派」は、「虐殺派」の主張は連合国の戦犯裁判と軌を一にし、
自国民(日本)の歴史の歩みをいたずらに卑下する「自虐史観」であると
反発する。対外的な「政治姿勢」は、虐殺派と同様の「歴史観」をもって
過去の侵略への反省を迫る中国に反発する。12
4.「中間派」の「歴史観」と「政治姿勢」は必ずしも「虐殺派」と「まぼ
ろし派」の中間には位置しない。筆者(北村稔)は「中間派」が「歴史
観」 と「政治姿勢」において「まぼろし派」に親近感をもっていること
は間違い ない。12
5.虐殺派の代表は「南京事件」を発表した洞富雄氏、笠原十九司氏や吉田
裕氏が代表的研究者。まぼろし派には「南京大虐殺のまぼろし」を発表し
た鈴木明氏、田中正明氏、東中野修道氏。「中間派」を代表するのは「南
京事件-虐殺の構造」を発表した秦郁彦氏。13

●歴史研究の基本に立ち戻る
1.筆者(北村稔)は「南京事件」を研究テーマとして選ぶさい、南京研究
にまつわる「政治性」から一定の距離を保つことは可能であろうと考えた。
2.「南京事件」を確定したのは、南京と東京の戦犯裁判の判決書である。し
たがってこれらの判決書の内容を分析し、どのような論理の積み重ねで「南
京事件」の全体像が認識されたかを跡づける。すなわち、判決書が証拠とし
た欧米人や中国人の提出資料(書証)や証言の内容を検討し、判決書が断罪
する「南京事件」像が整合的に組み立てられるか否かを検討する。
●南京事件を確定した三種類の証拠資料
第一グループ
日本軍占領下の南京に留まった欧米人や中国人が、日本兵の行為を告発した
書物や記事。多くの資料が1938年から1939年中に刊行された。これらの資料に
は南京で大虐殺が発生したという記載は見いだせない。しかし告発された日本
兵の個々の行為が、大虐殺の構成要素として見なされた。23
第二グループ
1946年国民政府が南京で行った現地調査の報告。日本軍の1937年12月の南京
占領を体験した中国人の住民の証言と、国民政府により行われた遺骨発掘など
の報告から構成される。
個人で数千人、数万単位の大虐殺を目撃したという証言もあらわれた。数十万
人の遺体を埋葬したという慈善団体の証言も出現した。目下のところこれらの
資料の全体は台湾側からも中国からも公開されていない。23
第三グループ
南京と東京での裁判において、日本軍の南京占領を体験していた欧米人と中
国人が行った証言。第一グループの資料に登場する欧米人を含め、多くの共通
の証人が出廷した。24
■国民党国際宣伝処と戦時対外戦略
●国民党の表外交
1.劣勢な軍事力で日本と戦うことになった国民政府には、外交政策を駆使して
諸外国の支援を引き出すことが対日戦略の重要な柱であった。なかでもアメ
リカの支援をとりつけることが中心課題であり、正面からの外交活動が戦争
勃発後ただちに開始された。45
2.日中戦争勃発直後、1937年9月26日、国民政府駐仏大使の顧維釣はラジオの
電波を通じてアメリカ全土に向けて演説した。「中華民国を創建した革命の
指導者たちは、偉大なアメリカの政治思想家たちの啓発を受けました。中略。
中国が精神的支持と物質的援助を必要としていることは確かです。私は、偉
大な大統領(ルーズベルト)の指導下に中国を全力で支持し国際関係におけ
る法律と秩序を回復し、永く太平洋の平和を保たんことを心から希望します」
46
●裏面からの外交工作
1.ティンパーリーは国際宣伝処の曽虚白と会談した後、上海に戻ると直ちに国
民党の外交戦略を推進し始める。一つは、日本軍の南京政略の残酷さをメディ
アを通じて広く世界に告発し、あわよくば、これにより日本と第三国との間に
外交問題を惹起させること、もう一つは主要目的であるアメリカへの働きかけ
る。47
2.ノースチャイナ・デイリー・ニュースの社説の内容とは、南京で一万人以上
の市民が殺害され八千から二万人が強姦されたという内容だった。49
3.ティンパーリーは新聞記者の身分を隠れ蓑に国民党の外交戦略一翼を担った。

以上は中国の巧みなプロパガンダ(特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意
図を持った行為である。通常情報戦、心理戦もしくは宣伝戦、世論戦と和訳され
る)であることを検証する。日本人はこの点においても実に稚拙である。そして
戦後も易々と連合国のプロパガンダに嵌められいる。連合国のプロパガンダに日
本のメディアは加担してきた。現在も加担しているメディア(新聞・テレビ)も
多い。

次回は南京事件に取りくむ視点と中国の情報操作についてかんがえてみます。そ
して日本のメディアが情報にいかに洗脳されているか考えてみたい。