アルコール依存症からの回復

1月北海道浦河からTさんにきていただいて理念探究会、次世代型経営者養成塾で3度の講話をしていただいた。氏は17歳で上京、大工の見習いになる。当時日本は高度成長期、羽田空港の拡張工事にも携わる。電気関係の技術も身につけるが、初めて飲んだお酒から今まで自分の中で潜在していた「意識=劣等感」からの脱出に火がつく。
 そして次第にアルコールに依存症するようになり傷害事件や鑑別所の体験、施設にも入る。知り合ったのは約10年近く前、浦河の障害者福祉施設「べてるの家」。1999年に一度天命舎で理念探究会参加メンバーに話をしてもらった。
 今回、有限会社べてるを退職され、独立。青天井になったこともあって、月一週間の滞在をしていただき、その間3度の講話。  空いた日は仙台、関東近辺での氏の関連ミーテイングに10回出席。アルコール依存症であるということを多くの人は隠し、また10年間たとえアルコールを飲まなくても、一度飲むと発病する。アルコールに依存したのは「弱い自分を人に見せるのが怖い、
だから自分を強く見せたい。」「いつも人の目を気にして生きている。人からどのように思われているか気になって仕方がない」「アルコールに酔ってい
る間は大きな自分でいられる。言いたいたいことも言える。自分は強い人間だと思える。」このくりかえしだ。
 氏は36歳でアルコールを断って20年。回復には「あるがままの自分=依存症である自分を認識する。」「経験者のミーテイングで今までの自分を正直に語りつづける。」「ドーント落ちるところまで落ちる。
 そうするとあとは浮き上がることができる。」「本当の親切は相談に来た人にやさしくする事だけではない。時に、厳しく突き放すことも必要だ。わがままを言って泣いている子供に、親が手をかけてると子供は自立できないのと同じことだ。」と語る。健常者と依存症の人達との境目はない。
 理念探究の過程は、正に氏のアルコール依存からの回復の過程と共通点がある。理念探究は自分自身と正直に向き合い、あるがままの自分と対面することだ。正面から向き合い何のために生きているのか。内面に向かって限りなく問い続ける。多くの人はそれができない。
 ドーント底まで落ちることなく、10年も断酒しているのだから自分は依存症ではないと思う人と同様、探究の過程でいい加減な段階、自身を甘やかし手を打つ。即ち、自分の使命に至ることなく妥協する。
 多くの人は使命を認識することなく人生を終わることになる。自分の中の依存人格から自立人格へのシフトすることが、理念探究と実践の必須条件
だ。自分の中に少しでも依存心が残っている間は、理念までの道は遠い。
 


幸せの花咲か村「ビジョンをビジュアルに!」

理念探究会37
幸せの花咲か村「ビジョンをビジュアルに!」
山口県光市にあるダスキンセライさんに五~六年前からお伺いしている。社員四十名、パートさんハーティーさん達六~七十名の会社です。昭和四十三年創業。
昨年創業40周年を記念して「創業の歴史と想い」を小冊子にまとめました。そして社長の十年構想・10年後の目指す姿、ビジョンを文章化しました。今年はそれをもっと見える形にしたいと、幸せの花咲か村というイメージのビジュアルなカラーパンフレットというか絵本というかを制作しました。そのプロセスはここでは省く。そして花咲か村の開村式の式典を行った。式典での迫真迫る演技も大好評、式典を収録したDVDもつくった。面白く、とても素晴らしい出来ばえだ。
伝えたいことを、文章で表現していることを、ビジュアルにし、見えるように、イメージできるようにした。それを背景に、先日の研修で、更なる未来の物語づくりを話し合った10年先には、いま業務の中核を担っている世代は、自分たちがその主役から退いている。その姿をイメージしなくてはならない。「あなた、自分がそういう立場になったら、自分のいない世界をイメージできますか?」そんなことができるだろうか?理屈ではわかります。しかしその10年先には自分たちは間違いなく、今の延長線でイメージすると、この会社にはいないかもしれない。
ところが、花咲か村は、それを根本から覆す。村には、年寄りも、子供も、若手も、青年も、いろいろな人間がいる。住民は働き手であり、お客様であり、近隣の住民であってもかまわない。正に沢山の人が住んでいる花咲か村なのです。そういう想いに至ったときには、なるほど一番の働き手の役は終了しているが、村には、長老がいたり知恵者がいたり、職人がいたり、技術を伝承したり、若手も育てたり、いろいろな人が住んでいる。農業をやる人も、物を作る人も、身体の弱ったと人を介護する人も、食事を作る人も、いろいろな人が幸せに暮らしている。小さな世界が出現する

そこは誰もが住みたい幸せの花咲か村なのだ。会社は定年がある。しかし村には定年は無い。定年は自分でつくるものだ。働きたい限り働けばいいではないか。そういう村を作ろう、そういう会社を作ろうということだ。お互いが働ける限り役立ちあい、認め合い、気心の通じた愉快な心の人達が住む村を作ろう。それがビジュアルな絵本の中身の一部だ。これからその絵本をしっかりと固めていくという。愉快ではないか。手本になる村(会社)は、全国に点在する。その誰もが住みたい村づくりが始まった。是非、又みなさん幸せの花咲か村を見に行きましょう。


目的と目標の混同

理念探究会29
目的と目標の混同
 企業に取って目的は何でしょうか。売上を上げること(うりつけ屋)利益、儲けを増やすこと(もうけ屋)資産をため込むこと(ためこみ屋)それとも長持ちをすること(ながもち屋)でしょうか。そして、最後に目的を持った(やくだち屋)をさんもあるのですが、もし貴方がお客様ならどこの店に行くでしょうか?
 こういう質問をすると、誰でもやくだち屋に行くというのですね。では、貴方の会社はやくだち屋さんですか?と聞くと、○○を通じて役に立っていると言います。確かに○○を通じて多少は役に立っているが、例えばパチンコ屋さんなどは、本当になくてはならない仕事なのでしょうか?確かに世の中には存在するが、なくてもかまわないし、あることによって困っている人も沢山います。夢中になって赤ちゃんを炎天下に放置して死なせる親、夫や奥さんがパチンコにのめり込んで家庭崩壊に陥る家庭。
 企業にとっての目的の一つは社会の役に立つことです。資本主義経済は資本の増殖を目的とする事を許してきました。その結果がサブプライムローンから発した欧米型資本主義の崩壊です。今年の年賀状にも書きましたが、これからドンドン大企業が崩壊に向かうことが予測されます。ちなみに世界のお金の95%は投機マネーだということです。
 企業の目的は企業理念です。その企業理念は目的性のみならず、倫理性、指針性、本望性、英知性、共有性、永遠性、具体性を持っていることが望ましいのです。企業はその企業目的を実現する過程で、目標を設定もします。目標は、目的を達成するために確かに大事なことですが、目標=目的ではありません。
オリンピズムの目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することを視野に入れ、あらゆる場で調和のとれた人間の発達にスポーツを役立てることにある。」とオリンピック憲章に書いてあります。 参加する人にとって目標は金メダルだったり、参加することだったりします。しかし人間は目標を追求することだけではシンドクなります。第一、金メダルはたった一人。参加する人誰もがかなうことではない。かって東京オリンピックで銅メダルをとったマラソンの円谷選手は、期待された次のオリンピックを前に、自殺しました。「私はもう走れません」と遺書を書いて。目的と目標の混同です。サラリーマンにとって、時に目標は社長になることや、役員になること、昇格すること、年収○千万円等色々ありますが、ご承知のように誰もが社長や役員に成れる訳ではありません。それを追い続けるとギクシャクします。勤める人にとって貴方の目的はなんなのでしょうか?
 目的のない企業は、目標を追い続けて、結果的に法律で許される範囲はかまわないということで、合理節約から脱法隠蔽、非道常態、実態露見そして結局は企業崩壊の危機に瀕するのです。目的を持たない企業は疑似理念(利益指向)を掲げるようになり次第に、崩壊への道を歩むようになるという時代を迎えているようです。

2010年度経営計画熟考会

 理念探究会28
経営計画熟考会(新年度の計画を考える)
 昨年暮れ12月25日~28日、新年1月3日~5日に掛けて、新年度の経営計画熟考会を開催した。そして1月8日~10日も高松に出かけて、熟考会を実施した。既にお話をしているように、今年は単に新しい年を迎えたという認識では、到底次の時代にシッカリと経営をしていくことができない。先月号で書いたGNPからGNHへというブータンの記事には関心を持たれている方が多く、反応は大きかった。時代の激変は感じてはいる。しかしどういう方向に進むかが見えない。官僚も、財界も、学者も、評論家も全く見えない。大半の人はこの経済状態を不景気だと捉えている。リーマンショックで世界は不景気になり、中国の景気は既に回復基調であるという論評が目立つ。そもそもそういう認識が誤っている。時代は変った。もう景気は元には戻らない。
 徳川時代から明治維新を迎えそれまでの倒幕軍は「尊皇攘夷」と言ってきたが、維新後は速やかに「尊皇開国」に転身している。そして明治維新が実際に新しい政府として動き出したのは明治22年「大日本帝国憲法」の発布をしてからだといえる。その間は、徳川時代を引きずりながら少しずつ少しずつ変わっていく。相当あとになって、あの時が変わり目だったと体験した人は感じる。一般には明治時代になってもチョンマゲをしていた人は多い。①いずれこういう時代が来ると読んで手を打ってきた人、②ここまで来たらもう元に戻らないと覚悟を決めて人生も経営も設計し直す人、③年末には景気が戻る、遅くても来年には景気は戻ると考える人と人様々であろう。
 私たちは、こういう時代を想定して考えてきた。そして個人も、企業も準備をしてきた。そして、改めて、今年の経営計画を熟考した。理念を掲げて、自立連帯型経営をする企業の若いリーダー達は、今年を新しいスタートと捉え、腹を括って経営者への道を歩みだす決心をした。叉、あるものは、親の代から続けてきた会社から新たに創業の道を選ぶ人もいる。創業者から引き継ぎ、代々初代と考え新しく進むことを決心する社長もいる。人は言うかもしれない。まだ経営ができる間は敢えてこの寒風に身をさらすことは避けたらどうかと。しかし、タイタニック号は沈んだ。最後の最後まで沈み行く大企業に実をゆだねる事ほど危険なことはない。例えトヨタであっても例外はない。今こそ、厳しくても自分の足で立つ時を迎えている。そういう若手の気概を感じた3つの経営計画熟考会だった。