脳力開発160号
その一・和環塾2021年ZOOM新年会
今からおよそ三〇余年前、発足当時参加者全員が若かった。三〇~五〇代の経営を志す仲間たちだった。西順一郎先生のMGマネジメントゲームで戦略会計を学び、城野宏先生の脳力開発、そして当時最先端を行くパソコン・マイツールを中心に、その後に大和信春先生の和の実学を学んだ経営者とその奥さんの集まりです。
毎年新年会をやってるがあいにくのコロナ禍のためZOOMで開催した。全員で一三名が参加。今なお現役の経営者は本日の参加者の中では五~六名、最長の塾長は八二歳になった。その次の世代が私達で喜寿の人が三名と続く。
二〇二〇年か未来へ
塾長の奥様M江子さんは私の半年先輩、かつて全日本社会人テニスダブルスのチャンピオンになった塾長の奥様。スポーツウーマン。塾長のガン闘病生活を明るく朗らかに語ってくれた。塾長はほぼ毎日、読書した本のポイントレビューを送ってくれる。この介護体験の話があっけんからんとして、人間の歳をとってからの生き方を示してくれる。塾長夫妻。
私に半年遅れで喜寿になるK原氏、息子がコロナにかかったと驚かせながら、顛末を話してくれた。店舗やその他インテリア・リフォームを生業にしている。コロナ禍には徹底的に対処し、仕事仲間の職人さんに、自社の事業継続給付金をお配りしたという。立教出身、穏やかで人情味あふれる互恵人。仕事では適格なアドバイスをされて仕事は多忙。年齢から感じさせない溌剌さ。毎日の充実した仕事を持っている。ユーチューブで仕事の流れを密かに流している。
O田原の副市長から介護施設の三代目を目指すT田氏は四月から現役大学院生になるという。精神が若い。かつて共にシリコンバレーを案内してもらったNTT出身のY川氏は七年前に債務超過の会社に移籍、七年間の時間と紆余曲折の末、昨年は特殊な独自のコネクターの生産がデジダル化で追い風になり二十一億の債務を返済し、これから今までお世話になった人達への恩返しを目指して上場を計画しているという。上場の審査は厳しいと。
原因不明で車椅子を使ったこともあるが、今では室内は歩けるようになるまで回復したSONY出身のS松氏はこれから更に第二創業を志し、指導してきたことを単行本として春には出版、以後も計画しているという。コロナによって影響を受けた経営者もいるが、それぞれのコロナ体験を交えて令和二年を振りかえりそして第二部では令和三年の抱負も語っていただいた。
夫婦の真実が見える
コロナは夫婦の関係をあからさまにする。夫婦の真実が見えてくる。かつての勉強仲間との一年ぶりのZOOMでの新年会は明るい楽しい会になった。歳を重ねることは悪くない、そんな想いを抱いた。夫婦参加の人達をみてある人が朗々介護護も悪くないと言った。思わず拍手した。なるほど朗々介護だ。(悦司)
写真和環塾新年会
その二・沖縄・糸満経営方針設定合宿
交通・ホテル・飲食事情
コロナ禍で緊急事態宣言が出されている。毎年この時期には経営方針設定のための経営合宿を沖縄で行っている。しかし、今年になってコロナの感染が広がっている、GOTOトラベルの中止。毎年茨城発で那覇に行っていたが、SKYマークも運行中止ということで急遽JAL変更した。N氏もS氏もいつものANA便が中止となり、出発地を伊丹に変更して那覇空港に集合することになった。
私も朝一番のJRで品川までグリーン車、品川から京浜急行で羽田。羽田はガラガラ。那覇便も私が見た範囲で言えば100人の席に、15人ほどがバラバラに座っている。近くには人はいない。
合宿するホテルも朝食会場も朝七時半に行ってみるとこれまたガラガラ。初日の早めの夕食もホテルを利用したが、お客さんはゼロ。駐車場もガラカラ。最終日が終わって那覇出発前の少しの空き時間にタクシーを利用したが、例年は修学旅行生、インバウンドの観光客で一杯の国際通りのおみやげ屋さんは九割方シャッターを下ろしている。
運輸関係、旅行関係、飲食関係は大打撃であるのみならず、ゆくゆく倒産も免れまい。現実にANAは社員の派遣を他業種にしている。JALやANAは国が一応守るであろうが、LCC関係は壊滅的な影響を受ける。借りたトヨタレンタカーもビジネス・インバウンド専用と一般客を対象にしたものに別れていたが、まさかトヨタもインバウンド専用と名前を掲げているのには苦笑した。インバウンド専用は文字通り外国人を相手にしているわけだが、一年近い海外からの入国禁止措置では如何ともしがたい。インバウンド専用とはまさにお笑いだ。
写真・JALの機内、那覇空港、ホテル朝食会場、
自立連帯型企業運営
N社はおよそ二〇年前から企業改革を開始し、理念制定。石材業界の将来を予測して、社員を計画的に育て社長を育成してきた。それまでは社員だったが、経営者としての理念の探究と経営能力の教育と実践を指導して、自立連帯型企業経営をしてきた。したがって今の販売施工部門は全て理念にもとづいた経営をしている。仮に各社長がサラリーマンのままだったらとうに倒産しているだろう。
中長期計画をベースにした経営方針
加えて新事業を開始してから一〇年余が経った。誰もが目につけない部門を開始し一〇年。それが粗利で一億円を稼ぐ会社に育った。なお、誰もが目をつけたとしても取り組まない事業だ。この事業は顧客との信頼関係が生まれリピート率が90%と高い。この部門の拡大を企画して人を育てている。
また、石材関係も垂直統合型の仕組みを創ってきたことがここに着て明確な組織が整ってきた。いま、墓石業界は中国に依存してきた産地は壊滅常態であり、加えて加工販売をしてきた販売業者は樹木葬儀や墓じまいによって高齢化と廃業が進んでいる。
N社の垂直統合の流れは採掘・製造・販売の一貫体制の仕組みを創って進めることになる。それぞれの段階の話はここでは書かないが、N社の将来は非常に明るい。また自立連帯型の販売部門は会社が独自性を追求しているからどんな逆境練機とし着実に力をつけている。(悦司)
理念の時代を生きる160号
その一・経営計画熟考会・茨城・彦根
年末と新年一月初旬経営計画熟考会を例年どおり開催した。根本的に違うのは昨年以来コロナ禍の渦中にいるということだ。先月号でポストコロナ禍の時代と社会を展望する・加速する第4次産業革命を掲載した。ここには避けられない予測が書かれている。
第4次産業革命が襲っているということ、同時にコロナ禍に遭遇している。その中で、私たちは今までのまま続かない状況にあって、生き方を新たに決定するかが問われる。
一つ目は、今までの様な雇用状態が維持されるかということだが、これからサラリーマンの人はよほど特長のある職務・仕事をやっている人以外は解雇されるということ。今、リモートワークしている人でも、いずれAIにといって変わられ仕事はなくなる可能性が高い。
二つ目は、今までの専門家といわれた大学教授であろうが、芸術家であろうが参加してくれる人達がいないと成り立たない仕事は、今後も保証されるとは言えない。胡座をかいた大学教授は解雇される。芸術家でも食っていけない。スポーツ選手でもその恐れがある。
三つ目は、しかし、都会で暮らす生き方とは別の地方に移住して収入は一見下がっても、家族や個人の納得した暮らし方ができる機会、チャンスがある。生活するために収入の多さを求めてきた生き方は見直される機会でもある。
- 経営計画熟考会は上記の状況を視野にいれながら、自社、個人の理念を前提にして経営を考えることになる。普通大企業はたくさんの人を抱えているから、転身には様々な犠牲が予測される。しかし経営者はこの点は避けて通れない。
- 参加経営者は幸いなことに自社の役立ち能力を理念に添って磨いているから、このコロナ禍、AI進展を好機ととらえることができる。何度も繰り返してきたが、自立した人間にとっては身に降りかかる出来事はすべて「最善でした、必然である」ととらえる。したがって「困難は神の恩寵的試練」と捉えて進化する。綺麗事をいっているではない。結果として経営者として実力を磨くことになる。
- 酷な言い方になるが、たまたま、何も努力をしなかったにも関わらず経営できていた企業、・会社はインバウイドがなくなって倒産したとか、飲食関係のチェーン店が閉鎖したり、業態転換を始めるのは当然であるということだ。コロナ禍でその企業の終末の時期が早まったということだ。
- 茨城で四社、彦根で六社、引き続きZOOMで二社の経営者が経営計画熟考会に参加した。
いずれも、実に今年から数年先を視野に明確な方向性を示す計画ができた。コロナ禍であろうが、自分たちの未来に立ち向かう姿は希望にあふれている。
写真茨城での経営計画熟考会
彦根での経営計画熟考会
その二・「公共的資本主義」へ転換を 京大名誉教授・佐伯啓思氏
経営計画熟考会資料一部として以下の資料をつかった。私は基本的に佐伯氏の考え方に与する。世間がもてはやしてきたグローバリズム、結果として日本も巻き込まれも経済界も、労働組合も働く人たちが大きく影響を受けて、経済中心平たくいえば生きるためにはお金が第一だという考えから脱皮できてない。縛られ過ぎている。仕事は何のためにするのか?という目的が収入少しでも多くすることに偏っている。経済的豊かさは目的ではない。以下、佐伯氏の思想である。
■過度なグローバリズム、想定と違う結果に
感染症は人類の歴史とともに古く、この100年をみてもわれわれの文明は繰り返し感染症の脅威にさらされている。そして今回の新型コロナのパンデミック(世界的大流行)は、冷戦後のグローバリズムと切り離せない。この感染症がこれほど急速に世界中に拡散し、また世界経済全体に大きな影響を与えたのはグローバリズムの結果である。と同時に、それはグローバリズムへの大きな打撃となった。
■市場競争の皮肉
冷戦後の世界は、モノのみならず、資本、情報、技術、人などのボーダーレスな移動を促進し、グローバルな市場競争によって経済成長を目指してきた。新自由主義や市場中心主義が国家の役割の最小化を唱え、米国がこの政策の旗を掲げることで、冷戦後の世界における経済的覇権を確立しようとしたのである。1990年代から始まる日本の構造改革路線もその強い影響下にあった。だが、皮肉なことに、過度なまでのグローバルな市場競争は、新自由主義や市場中心主義の想定とはまったく異なった結果をもたらした。
★第一に、グローバルな金融経済はきわめて不安定化し、2008年のリーマン・ショックを引き起こした。その結果、政府が強力な財政金融政策によって経済を支えるというケインズ主義への回帰が始まる。
★第二に、グローバル競争は所得格差、資産格差を生み出し、国民経済に動揺を与える。
★第三に、過度なまでのグローバル競争は、「国家の退場」どころか、国家による成長戦略や保護貿易等へと行き着いた。トランプ米大統領に代表される自国中心主義である。
★第四に、そのなかで、あろうことか共産党が支配する中国がグローバリズムの勝者となり、各国経済が中国依存になった。
★第五に、地域的グローバリズムというべきEU(欧州連合)の実験はほぼ失敗した。
★第六に、過度な市場競争の結果、多くの国で、医療、福祉、教育、それに地域コミュニティなどの公共的社会基盤が弱体化した。
★第七に、本来は公共的財産であるはずの情報・知識が市場で大きな利益を実現し、いわゆるGAFA(米IT大手4社)問題を生み出した。またSNSなどの情報によって社会や政治が振り回されることともなった。
★第八に、グローバリズムとイノーベーションにもかかわらず、先進国はさして成長できないのである。
■破綻した価値観
すでに、グローバルな市場競争はもたないところまできていた。そこへコロナ・ショックが生じたのである。コロナ禍は、これらのグローバリズムのもたらした問題をさらに明るみに出し、もっと深刻な次元へと推し進めた。
- 一国中心主義はいっそう進み、米中対立は深刻となる。民主主義国家も、国家や政府の権力を強化することになる。EUはますます脆弱(ぜいじゃく)になり、人の移動(移民)は経済の重荷になる。SNS等の情報は、緊急事態のために政府による管理が強化される。極端なまでの財政、金融政策や支援金のバラマキにもかかわらず、経済成長は期待できない。
- これはグローバリズムへの挑戦ではなく、過度なグローバル競争の帰結である。だから、グローバリズムの立て直しによる経済成長主義というような価値観はもはや破綻している。そのことを今回のコロナ禍が顕在化させたのだ。
- いま、われわれは岐路にたっている。一方では、このショックをしのいで、V字回復で再びグローバル競争に戻すべきという考えがある。他方には、大きな社会転換の契機にすべきだという考えがある。私は後者であるが、もしポスト・コロナの社会像があるとすれば、それは、医療、福祉、介護、教育、地域、防災、人の繋がりなどの「公共的な社会基盤」の強靱化を高めるものでなければならない。
- それは、効率至上主義のグローバルな競争的資本主義というよりも、安定重視のナショナル(国民的)な公共的資本主義というべきものであろう。
★私達が実践している経営は脱競争型経営=脱覇道型経営で、利益を上げることが目的ではない。企業理念を掲げ理念を背景にした経営である。企業は社員と家族を養うために確かに利益を確保する必要がある。自社の利益を最大限に上げること、長持ちをすることも目的ではない。
★企業理念は企業の魂といえる。活きた理念がないと、疑似理念が発生しグローバリズムのごとく上述のような悲惨の状態を生み出す。私達は諸方互恵のバランスのとれた状態を目指している。一・企業と社会の互恵、二・企業と同業者との互恵、三・企業と取引先との互恵、企業と社員との互恵、四・社員同士の互恵、五・社員と社会との互恵関係だ。(悦司)