心が磨かれる森の中の教習所Mランド

理念探究会38
内なる変化・心が磨かれる森の中の教習所Mランドを訪ねる
 一年半ぶりに、島根県益田市のMランドを 訪ねた。秋、真っ盛り、紅葉の真っ只中。今回は、妻と広島の若手経営者二名の四人。小河会長にお会いし、その後のお話をお聞きすること、そして二、三のお願い。会長は八十七歳を迎えられて、尚、熱く深い念いを実現され続けている。
 この一年半の期間に、大きな変化があった。正にパラダイムシフト(ある時代・集団を支配する考え方が、非連続的・劇的に変化すること。社会の規範や価値観が変わること)そのものだった。最盛期には230万人もいた自動車免許をとりたいという人達が、今は120万人に激減している。最盛期、年間免許取得受講者でトップだった関東の自動車学校はその姿を消している。また自動車メーカーの関連子会社が経営していた教習所も、見る影もない。しかし当時、この益田にあって全国7位か8位にあったMDSは、昨年四輪車卒業数が日本一になった。常に6000人の卒業生を送り出している。会長は「望外の結果」と言われる。ハイ・サービス日本三〇〇選にも選ばれ、世界ハイ・サービス三〇〇選に挑戦を宣言されている。
 この二つには人間の「意識・価値観の転換」がある。MDSからMランドに呼称を変えられた意味もこの「意識・価値観の転換」にある。それは自動車教習所という位置づけから、Mランドという地域、そして、新しい地域住民としてのパラダイムシフトと言える。Mランドに関わる人達、ゲストも含めて誇りを持っている。互恵圏への移住とも表現できる。調和を尊ぶ人達の生き方をする人達の集まりがMランドだ。だから卒業生たちは、次の受講生を紹介する。約六割が紹介である秘密はここにある。

  お願いもさせていただいた。一つは、絶版している会長著書の「一期一会の質実経営」の小冊子化をさせていただきたいとお願いした。この著書は、若い人たちに是非読んでもらいたい。進化経営学院でもテキストとして使いたい。激動する今の時代に大きな未来への指針になると確信している。もう一つは来年Mランドのギャラリーでの「MOLAの作品展」を開催させていただきMOLAをMランドに関わる人たちにも見て貰いたいとお願いした。面白いと許可を頂いた。その夜、「楽々亭」で会長を囲んで懐かしい中島室長たちとの話がはずんだ。こんな幸せなひとときは滅多とあるものではない。来年は、更に進化を続けるMランドを訪ねることができる。


幸せの花咲か村「ビジョンをビジュアルに!」

理念探究会37
幸せの花咲か村「ビジョンをビジュアルに!」
山口県光市にあるダスキンセライさんに五~六年前からお伺いしている。社員四十名、パートさんハーティーさん達六~七十名の会社です。昭和四十三年創業。
昨年創業40周年を記念して「創業の歴史と想い」を小冊子にまとめました。そして社長の十年構想・10年後の目指す姿、ビジョンを文章化しました。今年はそれをもっと見える形にしたいと、幸せの花咲か村というイメージのビジュアルなカラーパンフレットというか絵本というかを制作しました。そのプロセスはここでは省く。そして花咲か村の開村式の式典を行った。式典での迫真迫る演技も大好評、式典を収録したDVDもつくった。面白く、とても素晴らしい出来ばえだ。
伝えたいことを、文章で表現していることを、ビジュアルにし、見えるように、イメージできるようにした。それを背景に、先日の研修で、更なる未来の物語づくりを話し合った10年先には、いま業務の中核を担っている世代は、自分たちがその主役から退いている。その姿をイメージしなくてはならない。「あなた、自分がそういう立場になったら、自分のいない世界をイメージできますか?」そんなことができるだろうか?理屈ではわかります。しかしその10年先には自分たちは間違いなく、今の延長線でイメージすると、この会社にはいないかもしれない。
ところが、花咲か村は、それを根本から覆す。村には、年寄りも、子供も、若手も、青年も、いろいろな人間がいる。住民は働き手であり、お客様であり、近隣の住民であってもかまわない。正に沢山の人が住んでいる花咲か村なのです。そういう想いに至ったときには、なるほど一番の働き手の役は終了しているが、村には、長老がいたり知恵者がいたり、職人がいたり、技術を伝承したり、若手も育てたり、いろいろな人が住んでいる。農業をやる人も、物を作る人も、身体の弱ったと人を介護する人も、食事を作る人も、いろいろな人が幸せに暮らしている。小さな世界が出現する

そこは誰もが住みたい幸せの花咲か村なのだ。会社は定年がある。しかし村には定年は無い。定年は自分でつくるものだ。働きたい限り働けばいいではないか。そういう村を作ろう、そういう会社を作ろうということだ。お互いが働ける限り役立ちあい、認め合い、気心の通じた愉快な心の人達が住む村を作ろう。それがビジュアルな絵本の中身の一部だ。これからその絵本をしっかりと固めていくという。愉快ではないか。手本になる村(会社)は、全国に点在する。その誰もが住みたい村づくりが始まった。是非、又みなさん幸せの花咲か村を見に行きましょう。


鷹の眼、蟻の眼(全体最適と部分最適)

鷹の眼、蟻の眼(全体最適と部分最適)
進化経営学院ジュニアコースの報告
今年のジュニアコースも第六回目を迎えました。今回は、参加者の熱意、講師陣の熱意も相まって、初日は朝6時から掃除、6時半からMGを中心にした経営の勉強が始まります。一口に経営といっても、日頃は自分の営業や業務の実務が中心ですから、経営という感覚は実感しにくいと思います。私自身が、支店長になるまで経営をする感覚はわかりませんでした。そしてMGを体験する過程で、全体を見る眼、経営を見る眼を養っていったのです。それでも当時はMGを百期やっても、意識しないと(求める気持ちがないと)わかりません。その体験をベースに進化経営学院のカリキュラムはつくってあります。
 今回で、経営計画を立てる。市場を見る。そして参加する企業の態勢(設備投資、将来計画、今期の目標等)を視野に入れながら、ゲームに取り組んでもらいました。今回報告したいことは、その全体を見る眼、鷹の眼を数回体得してもらえたということです。①全体を視野にゲームに取り組んだ。②経営計画を計画どおり完遂した。③将来の姿を描きながら、設備投資、研究開発、人員計画等の態勢づくりもやり切った。ということです。完遂した、やり遂げたというのは自信になります。そしてその体得は経営をする上で非常に大切なことです。

人は自分の仕事のポジションによって部分最適の能力を伸ばすことはできますが、どうしても全体最適、鷹の眼で見ること、考えることは難しいです。この壁を超えることが一番大事なのですが。今回第六回目でその感覚を体得してもらえた、充実した研修でした。そしてその感覚を身につけた人に、初めて会社の目的(理念)という概念が身近になってくると感じました。このように、若い人たちが自身の成長を実感できる時に出会えることが、私の喜びでもあります。


根本的解決に如何に迫るか、日本の未来

脳力開発36
根本的解決に如何に迫るか、日本の未来
 先日、理念探究会をサポートしていただいている大和先生との面談の話題が「根本的な未来への問題解決」と言うテーマでした。毎月、定期面談をしているのですが。世界で、工業化が本格化した産業革命以来、経営者が利益を生むために何をしてきたかというような話です。利益を生み出すために多くの経営者は、一貫して、人員の削減という方向に動いてきたと言うことです。
 現在①世界は人口は増え続けている。②先進国、欧米はまだまだリーマンションクいらい契機の低迷と二番底の恐れを引きずっている。③日本企業もリストラ、合理化による調整は歯止めがない。④食料自給率は低い。⑤食料及び、原材料の多くを日本は輸入に頼っている。色々な問題が山積しています。
 工業化社会の中で、世界は生産地を日本から、中国、インド、その他新興国に移転していますが、その中国が世界から資源、食糧の輸入をはじめ資源外交に精を出している。生産地である新興国は、いずれ遠くない将来、人件費が高騰するのは明らかです。そうすると、中国に進出している企業は更に人件費の安い所に移転してを繰り返すという、焼き畑農業と同じことを繰り返すことになる。振り返れば欧米がやってきたこのビジネスモデルは「弱者からの収奪の歴史といえよう」。
 今日のテーマは、このことを指摘するのではなく、これから世界、先ず日本の未来を救う方途は何かということを考えたいのだが。救う方途はあるのだろうか。
 私たちの結論は、自らが最低限度食料を確保できる態勢を整えるということです。家庭菜園でもよい。自給できる態勢をつくること。そういうと、都会の人達は難しいというでしょう。できない理由はいくらでもあげられます。例のトラック一杯あるということですね。
 戦後は、皆が農家に闇米を買いに行った。時に物々交換をして糊口をしのいだ。ソビエト崩壊の時も、年金生活者で田舎に自家用の畑を僅かながらも持っていた人はなんとか凌ぐことができた。都会の生活者は超インフレに目も当てられないような体験をした。僅かながらも自給できる態勢があったことが身を救ったという事です。

 政府は自給型・国民皆農の仕組みを提示し、私たちも国民も孫たちの将来に思いを馳せることです。残念ながらどこの国でも政治家は大衆に迎合し、国民は国に依存する悪癖を持っています。ある意味で行き着くところまで行かないと変わらないかもしれません。しかし日本人の良きDNAは決して失われてはいない。20年30年を視野に入れたお考えをお聞きしたいものです。